『超夜型人間』

私はおかしな生活をしている。
人が眠る頃から目が爛々として夜を明かし、人が起きて活動する頃ベッドに入るという超夜型生活をしているのだ。長年の仕事柄、昔から夜型ではあったが、(私は塾の先生であった)ここまでひどくなったのは、もの書き修業を始めた二年ほど前からであろう。

読んだり書いたりするのに、なぜ夜中が適しているのかと云えば静かだからだ。私の住んでいる近辺は、昼間でも充分に静かなところである。しかし、やはりどこにでもある「音」は当然入ってくる。すぐに吠える躾けられていない犬の鳴き声、子供達の遊ぶ声、改装中の隣家の工事音、お互いさまだが生活音。あるいはセールスや宅配業者、新聞の販売促進員、回覧板を持ってくる町内の方等が押すインターフォンの音。それらから完全に解放されるのが深夜から明け方にかけてなのだ。

修業の身とは云え毎日が真剣勝負である。午後十時頃から気力が充実し、午前零時ともなると「さあ書くぞ」となり2Bの鉛筆が動き始める。ワープロやパソコンに向かうのでなく、田辺聖子氏と同じく私も「お手々派」で、原稿用紙に向かうのだ。昨年、初めての小説、しかも長編に挑戦した。小説を書くということの「いろは」もわからないまま、無我夢中で二百八十枚を書き進み、なんとか完成させた。

白々と夜が明ける頃、おもむろに鉛筆を置いた。興が乗れば髪振り乱し殺気立った形相で、七時八時までも朝陽をを浴びて書いている時もあった。端で見れば鬼気迫るものがあったのではないかと思う。その小説はボツになったが書いている間じゅう楽しめて幸せだった。

ところで、夜型は体に良くないというのは本当だろうか。人間は本来、昼間に活動する生き物であるから夜は諸器官が充分働かない。最大効果を上げるためには、やはり昼間に作業するのが良いと云うのだ。そんなことを聞くと不安になる。それは本当なのだろうか。

五木寛之氏は何十年も超夜型の人間である。朝日新聞に連載中の「みみずくの夜メール」というシリーズでそれを知った。氏曰く、これは夜ふかしという不規則な生活ではない。夜型も定着すれば規則的かつ健康的生活である、と。大いに共感し、それからは自信を持って夜型に徹している。

世界的ヴァイオリニストの辻久子氏も超夜型人間であることを先日知った。コンサートはたいてい夜に行われるため、夜に気力が充実するよう日頃から夜型生活をしておられるのだそうだ。そして夜を徹してヴァイオリンの練習をされるそうである。これには少々驚かされた。

抒情的な詩で知られる私の大好きな詩人、三好達治も朝まで詩を書いた。今も昔も詩で食べていくことは難しく、売れっ子詩人であっても達治は間借り生活だった。達治は家主に午後三時まで、人が訪ねて来ようが電話がかかろうが、何があっても起こすなと伝えていたと云う。起こそうものなら、短気な達治は、ガラガラの大声、ド迫力の大阪弁で激怒したことだろう。(達治は激しやすいロマンチストであった)

この御三方だけでも百人の強い味方を得たような気分になった。大船に乗った気持ちでこれからも超夜型生活を続けたいと思う。
2003年1月
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