『惚れたが悪いか』

私は太宰治が好きである。
彼は正義感あふれる人間であると同時に、とんでもない悪漢でもある。それは猪瀬直樹氏の名著「ピカレスク」でも明らかだ。彼の魅力は善と悪、道徳と悪徳といった対極にあるものを持ち合わせた人間臭さにある。夜を徹してもその魅力は語り尽くせない。実に面白い男だ。

ちょうど一年前の昨年十二月の半ば、私は初めて青森に行った。その時に書いていた小説の取材で、下北半島大間崎に行くのが目的だった。出発の前日から北海道、東北地方は寒波襲来で、青森空港に到着した時すでに嵐のごとき風雪であった。温暖な関西育ちの私にとって、この二泊三日の旅の間、北国の冬の天候は、かくも過酷であることを痛感した。しかし地元の人にいつもは十二月にはまだこんなではないのだと、行く先々で同情された。

大間での用が済み、帰阪する日の朝、この旅のもう一つの目的である斜陽館へと向かった。車の窓から見える雪に覆われた津軽平野に、私は静かに感動した。悪天候が幸いし、斜陽館には客がひとりも居なかった。貸し切りである。そこで私は広い館内を存分に見学することができた。蔵のあたりでは、子どもの頃の津島修治(太宰の本名)が、はにかみながら出てくるような気がした。

斜陽館を出て、向かい側にある食堂で「太宰ラーメン」というのを食べた。そのあと隣接の「マディニー」という物産館を覗いた。そして絵ハガキと色紙を買った。色紙には「惚れたが悪いか」と書かれている。毛筆での彼の直筆である。勿論780円也のレプリカではある。独特の癖字だが、どっしりと重みがあり気に入った。しかし私はそれを帰阪後人にあげてしまったのだ。

やっぱりその色紙が欲しくなり、物産館に問い合わせたのは半年後、今年の初夏だった。その言葉のものならあるので送りますという言葉に心が躍った。一枚では申し訳ないと思い五枚ばかり注文した。一週間ほどして包みが届いた。中からAさんという女店員さんの、丁寧な手書きの手紙と色紙が出てきた。ところが包装紙を開けると違う種類のものが出てきた。私はとても落胆した。たしかに「惚れたが悪いか」ではあるがサインペン書きである。さらに悪いことに、その文字の背景に緑色の蛍光色で斜陽館が描かれている。

一応電話を入れてみると、私の思うものはもう製造されていなかった。送られたものを受け取るかどうかは返事を一日待ってもらった。翌日、受け取る旨を伝え、礼を言った。Aさんの心あたたまる手紙に負けたのだ。驚くべきことはここから始まる。Aさんは私の電話を待ちかまえていたかのように言った。
「お望みのものがなくて申し訳ありません。絵をはずしたものを一枚作ってみましたが、ぜひご覧になって下さいませんか」
「は、はい、では……」
彼女の勢いに気圧された。すぐにFAXが届いた。細いサインペン書きの頼りない太宰の文字は、何とも弱々しくて笑ってしまった。
「これをいただきます」
「わかりました。有り難うとうございます。出来上がり次第すぐにお送りいたしますので」
Aさんの声が弾んだ。

十日ほどして色紙が届いた。見れば見るほど頼りない文字だが、これはこれで太宰らしい。館長さんからの詫び状、斜陽館の絵ハガキ、ねぶた祭りの絵の切手十枚も同封されていた。物産館側には何の落ち度もない。日をおきすぎたこと、説明不足だったこと、落ち度はすべて私にある。それにもかかわらず、この誠意ある対応。心の中から熱いものが込み上げてきた。

世界にたった五枚だけの、私のために作られた色紙は宝物である。その労を惜しまず努力して下さった「マディニー」のスタッフ及び「あすなろ工芸」の皆さんの心意気!嬉しい限りである。「マディニー」とは津軽弁で「ていねいに」という意味だそうだ。本当に丁寧に接してもらい感激した。

まさに「惚れたが悪いか」太宰、青森、津軽人である。ちなみにこの名文句、秀作「お伽草紙」中、「カチカチ山」は狸のいまわのきわの台詞である。

2002.12

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