『いかなごのくぎ煮』

今年も「いかなごのくぎ煮」が届いた。

冬を惜しんで不機嫌な私も、これを合図に機嫌を直し、春を受け容れようという気になる。

毎年「くぎ煮」を送ってくれるのは、兄嫁のM恵さんである。次兄一家は「くぎ煮」の町(と郵便小包で来たときシールが貼ってあった)、神戸は垂水に住んでいる。M恵さんによると、この時期には鮮魚店やスーパーにはイキのいい「いかなご」が出回るという。明石の魚市場には、大阪や京都方面から、大量にまとめ買いをする一般家庭の人々がやってくると新聞で読んだ。くぎ煮づくりを春先の恒例行事としている人々にとっては、この時期さぞかし気もそぞろであろう。近頃では、デパートの進物用品売場に一年じゅう「くぎ煮」は並んでいるし、カタログでもよく見かける。今や神戸産「いかなごのくぎ煮」は京阪神のみならず、全国を制覇しつつある。

「くぎ煮」を語るのに、主役の「いかなごについて少しは知ろうと広辞苑を開いてみた。「いかなご(玉筋魚)−イカナゴ科の海産の硬骨魚。体は細く槍形、全長25cm。背部は青褐色。下腹部は銀白色。春、小さいのを捕って煮干し、佃煮にする。俗にカマスゴという。夏には砂の中に潜って休眠。北日本に多く、九州まで分布。小女子(こうなご)。」

以上のように説明している。「玉筋魚」と書くことを初めて知った。岩波国語辞典には、さらに、「カマスの子ではない」ともあった。姿が似ているので、この俗名はついたのかもしれない。「こうなご」という名も耳にしていたが、小さな女子(おなご)と書くことは知らなかった。北日本に多く、九州まで分布しているならば、北や西のどこかにも「いかなごのくぎ煮」で有名な町があるのかもしれない。

ところで、この「くぎ煮」づくりはなかなか奥が深い。プロもアマも腕を上げるべく精進し続けるものらしい。いろいろの「くぎ煮」を賞味してきたが、私の独断と偏見で、満たして欲しい必須条件を挙げてみよう。

一.硬く仕上がっているか。
その名のとおり、「くぎ煮」は古くぎが曲がったように煮上げるため、あらぬ方向へ、あるいは「いかなご」の好きな方向へと体をくねらせてやらなければならない。しかも口の中に入れたとき、頬の内側に突き刺さらんばかりに硬いのがよい。ひと足ちがいで入ってくる熱い御飯とほどよく馴染み、突き刺さることはないので心配無用だ。

二.艶があるか。
不透明に沈んだ色ではなく、醤油の色に染まりながらも背の色がわかり腹が透けている煮上がり。べっこう飴は煮詰めて濃い色に仕上げても半透明で艶があるが、あの感じである。

三.生姜は適度の大きさで適量を使うべし。
大きく切りすぎては生姜は主役の「いかなご」の邪魔をする。量が多すぎてもいけない。生臭さを消し、ほのかに香る程度でよい。ワキ役に徹し、あくまで地味で目立たず主役を引き立てなければならない。また、山椒や鷹の爪は決して入れるべきでない。

この私の厳しい条件を完璧に満たし、グランプリに輝き続けているのがM恵義姉の「くぎ煮」である。北海道で生まれ育った彼女の作品は、地元勢を抑え圧倒的強さである。

いつか奥義を伝授してもらいたいものだと考えつつ、食事のたび舌鼓を打っている。
2003年3月

毎年グランプリに輝く「くぎ煮」
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