『ポール!ポール!ポール!』

私はビートルズ無しでは生きてゆけない。熱狂的なファンである。いやファンなどではない。彼らと私は一心同体なのだ。そう信じて生きている。そんなふうに自負している大勢の人々と共に、あの日ポール・マッカートニーに酔いしれた。

2002年11月18日、月曜日。この日は生涯忘れられない日となった。やっと夢が叶ったのだ。ポールに会えたのだ。ビートルズを聴けたのだ。「back in the u.s.」というツアーをポールは9月から続けていたが、その正真正銘最終日を、この大阪の地で見届けることができるなんて、これほど幸せなことはない。

前夜には、遠足に行く子どもよろしく色々なものをビートルズの曲を歌いながら用意した。チケット、双眼鏡(最近はスクリーンがあるので不要なのに)、それから部屋に飾っている4人の写真が入ったフレームをはずし、枕元に置いた。クロゼットから学生時代のロングコートとチェックのハンチングを出してきた。黒のブーツは磨いておいた。その夜は興奮のあまり眠れず白々と夜が明けた。しかし翌日、睡眠不足もなんのその、70年代ファッションで私は意気揚々と早くから出かけた。脇には彼らの写真をしっかりと抱えていた。

開演時間になると会場は満席になった。アトラクションが始まったが、そんなものいらないから早くポールをと思ったのは、たぶん私だけではないだろう。その時、中央のスクリーンに突然ポールのシルエット。愛用のギターを手にしている。ドームは熱狂した。「HELLO GOODBYE」の演奏が始まると、割れんばかりの歓声に包まれ興奮の渦となった。
「この声、この声、ほんとうにポールだ」
これが夢でなく現実で、ステージの上で歌っているのが本当にポールだと思った瞬間、体じゅうの血が熱くなり茫然としてしまった。

思えば長い道のりだった。まさに「THE LONG AND WINDING ROAD」である。中学生だった私は、兄や姉とLPレコードを買い集めた。ビデオなどない時代、彼らの映画は20回以上も観に行った。しかし東京公演には行かなかった。ジョンが逝き、ジョージが逝くたびに後悔した。無理をしても行けば良かった。六年前には念願のロンドン、リバプールを訪れ彼らの足跡を追った。生誕の地で彼らの息吹きを感ずるも、あの後悔は消えなかった。しかし今、ポールがたった独りでビートルズを再現してくれている。

次々に懐かしのメロディーが繰り広げられる。「LET IT BE」や「YESTERDAY」では正面のポールもスクリーンも見ることができなくなった。目を閉じて聴いていた。涙があふれそうになった。当時と少しも変わらない歌声に、30数年の熱い想いがこみあげ感きわまった。感無量。

一極終わるごとに「オオキニ」「マイド」を連発して笑わせてくれたポール。あなたに感謝、ただ感謝。百歳までも歌いつづけて欲しい。思慮分別が邪魔しなければ、あの頃のように大声で叫びたかった。
「ポール!ポール!ポール! ありがとう!」

興奮のあまり、その夜も私は眠れなかった。
2002.12
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