『性同一性障害について』

今回は性同一性障害(Gender Identity Disorder略してGID)について述べたい。

この病名(?)は最近やっと定着しつつあるが、その内容についての正しい知識はまだ浸透していない。
人間の性別は、出生時の外性器の形態により定められる。そしてほとんどの人々は、その定められた性別に疑問を感じることなく一生を過ごす。ところがGIDに悩む人びとは、ごく早い時期から心と体の性の不一致に悩む。成長するにつれて起きる身体の変化はさらに苦しみを与えることになる。心が男で体が女、心が女で体が男というような、同一でない二つの性を自身の内にもったとき、悩み苦しむのは当然である。

GIDがなぜ発生するかという原因は、まだ究明されていない。心とは頭、つまり脳でもあるが、GIDは脳と性器の性が不一致であるという説が有力視されている。専門的な説明は省略するが、「FTM日本」を主宰する虎井まさ衛氏は、その著書でこう力説する。
『TS(トランスセクシュアリズム)とは、精神の異常ではなく、肉体の異常である場合が多い。胎児期のホルモン異常が性染色体とは別の脳を造ったのかもしれない。なろうと思ってもなるものでも、なれるものでもなく、先天的なものだと思いたい』。したがって『自分の体は間違っている』と思うGIDの人たちは、必要に応じてカウンセリングやホルモン療法、外科治療を受けなければならないこともある。

虎井氏は米国でいち早く性別適合手術を受け、心の性に体を合わせた。現在は男性として、手記やGIDに関する本の出版、機関誌づくり、講演、テレビ出演と多忙な日々を送っている。氏はFTM(Female to male 女から男へ)であるが、同じ立場の悩める人びとが彼のもとに集まり、希望を見い出したり救われている。氏は埼玉医大で手術を受けた人々らとともに戸籍上の性別訂正の一斉申し立てをしたが、最初の一人が敗訴になった。医学界が治療の必要性を認め、正しい順序で体の性を心に一致させた「男性」でさえ、戸籍は女性のままである。したがって愛する女性がいても婚姻関係を結ぶことができないのだ。医学界と法曹界の判断が合致する日が待たれる。

ところで、性同一性障害と同性愛は、混同されることが多いようだ。これらはひとつの範疇で分類されるものではない。このことを理解するためには、まず「性自認」と「性指向」という言葉の意味から知らなければならない。「性自認」とは、もっている体の性に関係なく、自分の性がどちらであるかを認識することである。一方「性指向」とは、愛情がどちらの性に向くかということなのだ。自己の「性自認」をした後、それを基準に「性指向」は定まるのだ。この二つのことを基準にして当事者たちは自己の位置づけをする。

GIDを意識するAさんが、女体をもっていても「性自認」が「男」であるとする。そのAさんが女性であるBさんを愛すれば、それは同性愛でなく異性愛になる。Cさんという男性を愛すれば、それが同性愛になるのだ。つまり「性同一性障害」とは「性自認」を、「同性愛」は「性指向」を基準にした呼称なのである。したがって異なる二つのカテゴリーに属するものを同一視することも比較することもできない。

二回にわたり簡単ではあるが同性愛と性同一性障害について述べてきた。前回紹介した「多様な『性』がわかる本」の「あとがき」にある虎井氏の言葉を要約してしめくくりたい。

「セクシュアル・マイノリティーというと特別な人たちのように思われるが、ごく普通の一般市民である。どんな人々にも多少は人と違っているところがあっても無難に市民生活を送っている。性的にユニークな場合にはそれが許されないのはなぜか」そして問いかける。「一番好きな人が同性愛者だったら?お子さんが性同一性障害を抱えていたら?それを理由にそのような大好きな人がいじめられたら?ひどい場合は殺されてしまったら?」

同性愛においては法的な「パートナーシップ」の確立が、性同一性障害においては「戸籍訂正」が認められる日が訪れることを切に望むものである。   
2003年3月

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