『性を同じくする人びとの愛』

No.16の吉屋信子と門馬千代の愛から発展させ、性を同じくする人びとの愛について述べたい。

性同一性障害(以下GIDとする)や同性愛などの人びとは、セクシュアルマイノリティーと呼ばれる。出生時に定められた性別に違和感を感じたり、同性に愛情を感じる人びとを、そうでない多数派に対して少数派という。本当は、こういう区別も無いことが望ましい。GIDと同性愛には基本的な違いがあるが、それについてはいずれこの場で語るつもりだ。

同性愛者には男性として男性を好きになるゲイ(ホモセクシュアル)と、女性として女性を好きになるレズビアンがある。(短縮された「ホモ」「レズ」や「オカマ」「オナベ」は蔑称であるとして好まない当事者は多い)誰にでも初恋の人や熱烈に想いをよせた人がいるはずだ。異性愛者は異性の誰かを、同性愛者は同性の誰かを好きになる。違いはたったそれだけである。熱い想いで愛し合うことも、自分の一番の理解者だとわかれば人生を共に歩もうと思う気持ちも同じである。しかしながら、異性愛中心の社会において、同性愛者は蔑まれ虐げられてきた。残念なことに現在もそれは続いている。

伊藤悟氏は、自ら同性愛者であることを公言し、同性愛に関する正確な情報を発信していく団体「すこたん企画」をパートナーと立ち上げた。講演、ウェブサイト、カウンセリング、そして現在は大学講師も務めるかたわら、作家として広く活動している。GIDを克服し、男性として活躍する「FTM日本」の虎井まさ衛氏と共に昨年氏は「多様な『性』がわかる本」を出版した。

「はじめに」の頁で、「私たち当事者は、社会的、歴史的に少数派として勝手なイメージを作られ、勝手に語られてきたために、生きていく過程で、偏見や悪意などさまざまな壁にぶつかります。そうした現実はまだまだ知られていません」と嘆く。そして本文中で訴える。「人間の数だけ『性』のあり方がある、といっても過言ではないほど人間の『性』は複雑で多様です。(略)『性』以外のことも含めて、人間の多様なあり方を優しく受け容れる社会が到来しているなら、自分の『性』のあり方に関して特定の名前で呼ぶことなく、『私は私だ』と言うだけで暮らしていけるでしょう。ところが、現代の社会は、ある特定の『性』のあり方だけが『常識』として容認され、それ以外のあり方は、きわめて否定的にみなされ、排除されてしまうのです。だとしたら、まず、その社会が許容する特定の『性』のありかた以外にも、たくさんの『性』のあり方があり、それを困難な中で受け容れて生きている人がいる、ということを知らせていく必要があります」そしてこのあと、「常識的」な「性」を強制する社会への批判をし、その矛盾点を項目をあげて指摘している。

思うに食べ物の「嗜好」が人によって異なるように、どの性に愛情が向くかという「性指向」が人によって異なることは不思議なことでも何でもない。まして非難されるべきことであってはならない。しかるに同性愛の人びとは迫害され、自己を肯定するまで懊悩と葛藤をくり返す。社会が多数派を良しとするかぎり、少数派は苦難の道しか歩めない。高度成長といえど、何につけても多数を良し、多数が上位という考えがまかり通るうちは、精神文化の未熟さを嘆かざるをえない。この問題に限らず、「個」を大切にし、さまざまな立場の人々を認めあうことができれば、どれだけ住みよい社会になることだろう。人を愛することは尊いことにちがいない。好きになった人が異性でも同性でも変わりなく、ごく自然なことと受けとめられる日は早く来ないものか。

ところで、信子と千代の愛についての渡辺氏の見解には少々異議がある。当時、世間がレズビアンに厳しかったからこそ、二人の絆は強まったと結んでいる。私の考えでは、人を愛するとは障壁の有無以前の魂の結びつきであるとする。それは性別をも越えたものである。前述のように、現在も当時も同性愛に対する風当たりの強さはあまり変わらない。世相に関係なく、信子と千代の間には絶対的な「信頼と尊敬」が芽生え、魂が結びついたのだ。それはいかなる場合も愛の根本である。

「女が女を想う」物語は、谷崎潤一郎の「卍」、宮尾登美子氏「連」などがあるが、いずれも肉体の愛には至らない。それは多分に時代のせいであろう。信子もまた、女たちが姉妹のように慕いあう以上のことは描けなかったと思う。だが実際には、狂おしく二人は愛しあった。もし信子が千代を妻としたい気持ちがあったとすれば、信子は男でありたかった人かもしれない。当時は情報もまったくなかっただろうし、自身も気づかないままGIDであったかもしれないのだ。但しこれは想像の域を出ない。

「少女小説」の分野を確立し、大衆小説で庶民を熱狂させ、純文学でも名作を遺した吉屋信子は、類を見ない作家であった。没後三十年ということで、書店には今、中原淳一の挿絵で飾られた色とりどりの本が並んでいる。
2003年2月
※「すこたん企画」および伊藤氏の著書に関してはこちらをご覧下さい。
http://www.sukotan.com/

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