『狸の話』

府下にあって大阪でないようなK市に住んで五年になる。水も空気もおいしく至極満足しているが、はじめは驚くことがいくつかあった。

越してきてすぐ驚いたのは狸だった。初めて見たのはこの辺の動脈「外環」こと、170号線から一ッ南へ入った道路を車で走っていたときのことだ。すでに日が暮れた薄暗闇のなか、前方の道路脇を犬か猫が同じ方向へと歩いている。車が追い抜こうとしたときに、それが狸であるとわかった。山の中でもないK市の中心にほど近い民家が並ぶバス道を、狸がゆうゆうと歩いている姿は嬉しい衝撃であった。

住んで二年ほどたった頃、家にも狸が現れた。外出から帰って玄関の鍵をあけていると横手から何かが出てきてこちらへ来る。はるかちゃん(*注No.6.13参照)かと思ったが、何だか大きい。そばまで来て首をかしげて私を見ているのは狸だった。すぐに台所から食パンを持ってきて与えると、そっとくわえて食べはじめた。人馴れしていて、もっとくれと私を見上げる。なんとも愛らしい姿である。それからは、狸が来るのを待ちこがれるようになった。

この珍客の登場で、裏庭の謎が解けた。その頃、庭で履くために置いてある紐(ひも)靴の紐は食いちぎられ、突っ掛けは歯形がつけられ散乱していたことがある。食品が入っていた空容器や、私が餌を載せて横手に置いたトレー、どこからか運ばれた西瓜の皮などが庭の隅の同じ場所にあったりした。猫ではないのは明らかで、野良犬でも入ってきているのかと思っていたが狸の仕業だったのだ。

ヒヤリとしたこともある。車で出かけたある夜のことだ、家を出てすぐの直線道路を走っていると、左側の歩道から何かが突然飛び出してきた。道路を横切ると思いきや、一瞬止まって道路中央を私の車と同じ進行方向に一目散に駆けだした。もちろん急ブレーキをかけたが間に合わず懸命に走る姿の真上を私の車が通過した。車に呑み込まれる直前に瞬時ライトに照らし出されたその背中は、間違いなく狸のそれだった。

血の気が引き、私は蒼白になっていただろうと思う。「やってしまった」とガックリし、車から降りて後方の道路を見た。礫死体はない。車の下を覗いても何もない。血のりもどこにもついていない。どうやら狸は車の下を通り抜けてどこかに姿を隠したようだ。まるでイリュージョン並みである。影も形もない。キツネならぬ狸につままれたか化かされたか、とにかく無事で何よりと胸をなで下ろした次第である。

家へ来る狸は一度かわいい奥さんを連れてきた。一回り小さく臆病で、カステラを投げてやっても恐れて近づこうとしない。夫の方は相変わらず人なつっこい。果物・野菜・魚・菓子・パンと雑食で何でもよく食べる。餌場を死守したいはるかちゃんと喧嘩していることもある。毛色が同じようなこの二匹、どちらがどちらか判りづらく、どちらにも加勢できない。が、はるかちゃんが追い払っていることが多いようだ。

冬場には野に食べ物がない。だから住宅街にまで夜陰に乗じて出没し、餌を探さなければならない。狸たちも大変だ。野生動物に餌を与えるなという回覧板の警告に背き、こっそり与えているのはきっと私だけではないだろうなと思う。

狸に限らず野生動物が車に轢かれたり、また、人家への被害なども考慮すれば、餌を与えるのも考えものである。「やはり野におけ」ということを忘れずに、つかず離れず共生していきたいものである。

2003年2月

庭で食べ物をねだる狸

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