「一周年を迎えて」

今月半ば過ぎで「平成道行考」または「水無月右近.com」は、めでたく一周年を迎えた。(と思う)

「と思う」と付けたしたのは、最初のUPが11月何日であったのか定かでないからだ。日記もつけているけれど、その記録がない。したがってホームページ開設記念日は不明である。11月15日から20日の間くらいであると推定されるが正確な日付はわからない。しかし一年を無事迎えたようである。めでたしめでたし。尤もそんなことは大騒ぎすることでも威張ることでもない。一年以上継続している人びとはゴマンといるわけで珍しくもない。しかし当人、つまり右近にとってはこれが感慨深いことなのだ。

私が長く携わってきた仕事のサイクルは一年であった。中高生の学習指導というのは春の新学期に始まり3月に終了する。十二ヶ月の間に最大限まで能力を引き上げてやらねばならない。特に受験生指導の一年は慎重かつ適正な判断を必要とした。一年というspan(小距離)は長くもあり短くもある。その期間を息切れすることなく走りつづけなければならない。悩み多き年頃であるからスランプも時にやってくる。それを見逃さず適切なアドヴァイスを与え、褒めたり叱ったりと“飴と鞭”の日々である。そしてラスト・スパートで完全燃焼させ、各自のゴールで鮮やかにテープを切らせてやらなければならない。私の役割はマラソンのコーチのそれに似ていた。

そんなサイクルが躯に沁みついているのか、ものごとを一年単位で考えたがる傾向が私にはある。昨秋、トンネルの向こうに針の穴ほどの光しか見えていない精神状態で、とりあえず一年、とにかく一年、そう思って始めたHPである。ご承知のように私は病気もちである。いつ体調が崩れるか予測不可能である。けれども日頃からマメに書き貯めておけばピンチは切り抜けられるだろうと考え、不安を残しながらの「週一回更新」で見切り発車をした。ヒヤヒヤの「一年マラソン」のスタートを切ったのだ。しかし仕事同様、何が何でもやり通す自信もあった。

はじめは肩に力が入っていた。と云っても恋愛詩は充分にあったから、一つか二つずつ出していけばよかった。「ひとり言」も今ほど長くなく、せいぜい原稿用紙3〜4枚であった。すでに伝えたが軽い気持ちで書きはじめたので、内容も軽かった。だが書くうちに少しマトモなことを語ろうと思うようになり、枚数も5〜6枚、時には7枚にもなった。前回に語ったように書くことをとても楽しんでいた。

詩は5月以降はサイトもふやし、精力的に書き足す意志を固めた。固めたのはいいが私は本を読むのも遅読、詩を書くのも時間がかかる。語るように次々に詩を書く人もいるが、私はそうではない。アンテナが何かをキャッチし、出てきた言葉の断片を書きとめておくことから始まる。それを肉付けし、満足のいくかたちに調えるまでに時間がかかる。良く云えば“寡作”なのである。感情の発露には時間がかからないけれど、なんせこの単調きわまりない生活である。心の琴線にふれる何かを見い出す意識は、いつも持ち続けた。

しかしながら、いちばんキツかったのは穴をあけてしまわないようにというプレッシャーと闘うことであった。体調は崩れないだろうか、詩は書けるだろうかなどと考えると、おもいっきり酒を飲んだりハメを外すこともできなかった。大げさに云えば、長期公演中の役者かコンサートツアー中の歌手状態のような一年であった。それは顔は見えないけれど毎週読んでくださる方々の期待に応えるためには当然のことであった。

楽観的長期予想には、予測不可能なアクシデントも起こった。それは「眼」である。例年なら最も体調が良い6月に、どうにもこうにもならないほど眼の渇きがひどくなり、空気中のゴミや埃で角膜に傷がついたのだ。涙液がほとんど出ない状態であるから無理もない。あの不快感や痛さは経験した者にしかわからないと思うが、それにも増して眼が使えないことによって読み書きができないつらさは耐えがたい。つらさを通り越し、苛立ちが爆発しそうになってしまう。急激な眼の症状の悪化は、「一年間週一回更新貫徹」を危くさせた。この症状は11月にも訪れたが何とか切り抜けた。

苦労話はこれくらいにして、嬉しかったことや楽しかったことを振り返りたい。いちばん嬉しかったこと、それは皆さんの言葉をいただいたことである。特に恋愛詩に対しての感想は、それらを公表するまでの不安を吹き飛ばしてくれるものであった。私はFTMTVなので男側からの詩が多いが、便利なことに女側にも立って詠える。その両方の立場で詠んだ詩や創りだす世界に共感してくださる方々が少なからず居ることは、自信を与えてくれた。セクシュアリティにかかわらず、恋する者の気持ちはみな同じであると再確認したものだ。

メッセージボードでの会話は楽しかった。ほとんどの方々とは一生お会いすることがないであろうと思うが、互いに十年の知己のように言葉を交し合う。これはネットならではのつながりである。私は大阪のK市に住み写真で登場しているが、皆さんはどこに住んでどんなお顔、何をしている方なのだろう。そんなことを想像しながら右近へのエールの言葉を嬉しく読ませていただいた。体調を心配して下さるお言葉も嬉しかった。

さて、まずは無事に一周年を迎えることができて安堵している。センセイ時代に“全員合格”を成し遂げたあとの達成感に似ている。今後のことは未定である。あの頃そうであったように、一年間のがんばりの後は休息という褒美を自分に与えてやろうと思う。これからのことは、それからゆっくり考えたい。

何度も口にしたが、これは自分が立ち上がるために立ち上げたホームページであった。いま、私はどうにか立ち上がっているように思う。立ち上がらせ、ふたたび歩きはじめようと思わせてくれたのは皆さんである。もしも誰も見てくれなかったり温かい言葉で励ましてくれなかったら、私はここまで復帰できたであろうか。

一年間書き続けた詩や文の原稿用紙で引き出しは満杯になった。書かせてくれたのは皆さんである。
「人は人を救う」
また私はこのことを実感した。私は救われた。書きたい人間を目指す私が、情けないことにどんな言葉をもって感謝の気持ちを表せばよいのかわからない。水無月右近、秋晴れの如き心境にて、ただ感謝である。
2003年11月

前のひとり言 次のひとり言

ひとり言 INDEXへ