「イヤダカラ、イヤダ」

私は朝日新聞を講読しているが、土曜日版の「言葉の旅人」と題した記事を楽しみにしている。登場するのは国内外の歴史上の人物で、かれらが残した言葉とそれが発せられた当時の状況、出典が説明されている。11月1日付の記事は「イヤダカラ、イヤダ」〈内田百閨@芸術院会員推薦を辞退する弁〉というものであった。以下はその要約である。

1967年12月、日本芸術院の会員候補になったことを知った百閧ヘ、教え子多田基に小さなメモを渡し、同院の高橋誠一郎院長に伝えるよう命じた。メモには「御辞退申シタイ ナゼカ 芸術院ト云フ会ニ入ルノガイヤナノデス ナゼイヤカ 気ガ進マナイカラ ナゼ気ガススマナイカ イヤダカラ」とあった。

多田は急いで高橋の所在を突き止めそれを読み上げた。驚いた高橋は院の第2部会委員長だった川端康成に相談する。川端は説得のため百閧フ自宅へ向かったが、家が見つからず徒労に終わる。会員選出後に辞退した例は横山大観や梅原龍三郎らがいるが、推薦段階での辞退は百閧ェ初めてだという。このことは多田氏の回想録「まあだかい」(ちくま文庫『イヤダカラ、イヤダ』)に詳しい。

新聞記事はこう続く。
「まるで子どものような断り口上を、当時の週刊誌はこう評した。
『いかにもこの人らしくておもしろい』
偏屈、わがまま、へそまがり。百關謳カにはそんな形容がよく似合う。この種の発言ができるのは、周囲が「アイツらしい」と笑って許せる人格が備わっている証しだ。心と裏腹な言葉で体面を保ちがちな未熟者には、うらやましいことこの上ない。」

私が百閧読むきっかけは、川上弘美氏の谷崎潤一郎賞受賞作「センセイの鞄」であった。主人公のツキコが仄かな思慕をよせる老境のセンセイが、「素人掏摸」(しろうとすり)という短編について居酒屋で語る。そのあとセンセイは「百閧ヘ、じつにいいですね」と天真爛漫な表情で言うのである。それで百閧読んでみようとすぐに本を買ってきたのであった。この辺の作家のものは難しいという先入観があったが、それはみごとに打ち砕かれた。その天然の可笑しさ、シュールな感覚に惹きこまれる。しかも作者が少しも計算していない自然体で書いたものであることもわかるのだ。内田百閧ヘ、好奇心旺盛なコドモの眼でものを見て、コドモのする通りの感情表現をする人であったようだ。

ところで皆さんはイヤなことは「イヤダカラ イヤダ」と答えているのだろうか。仕事や様々な人間関係では、イヤでも「ワカリマシタ」と承諾しているのではないか。そんなことを言おうものなら上司に叱られるわ、取引先には断られるわで仕事にならないであろうし、人付き合いでも冷たい人だ、付き合いの悪い人だと非難轟轟であろう。給料を得たり人とうまく折り合うのに、ストレスをためてでも相手の意向に沿う努力が強いられる。それが社会において暗黙のルールになっている。シンドイことである。

自分で塾をやっていた私は、その点において恵まれていた。私が王様であったから、20数年もの間「イヤダカラ イヤダ」に等しいわがままを貫いた。たとえばこんなことがあった。

新入生の説明会のときである。学習の指導法や方針を話したあと、諸注意を読み上げた。それらの項目のほとんどは、マンションという集合住宅での塾運営に留意した注意であった。自転車の停め方や私語をせず入退室するなどの、住民に迷惑をかけない配慮を心がけてもらうためである。その他には学習面や風紀に関する項目が含まれていた。派手な服装をしないとか、女子における派手な髪どめやカラーゴムを禁止し、黒、紺、茶に限定していた。そこを読み上げたとき、ひとりの母親が不満をあらわに質問した。「なぜそこまで厳しく制限されなければならないのでしょうか。なぜカラーゴムがいけないのでしょうか」その学年の母親としては最も若いのではないかと思われるその女性は、自身も娘もお洒落に興味があるふうに見受けられた。私は答えた。
「キライダカラです」
教室は静まり返った。その母親も黙ってしまった。

その後、この学年の母親たちは最も協力的な父兄となり親密になった。ダンスパーティーをしたり、請われるままに英会話教室もおこなって楽しんだ。説明会のときの私の答えは語り草になっている。私は学校のセンセイではないので、「学生らしくないから」とか「勉学の場にふさわしくないから」などの、しかつめらしいことを言うつもりは毛頭なかった。教室の前から生徒たちを見渡したとき、赤や青や黄色のゴムがチラチラすると目障りでならない。それでカラーゴムは「キライダカラ キライダ」と言ったのだ。私は百閧ニ似ている。

そんな私のワンマンぶりも、自分の天下であるから発揮できたのだろう。また、仕事が忙しいという理由で煩わしい人付き合いも摺り抜けてきた。それができない大部分の皆さん、たまには「イヤダカラ イヤダ」と大声で言ってみませんか。そのあと何がやってくるのかは知りませんが、きっと一瞬だけでもスッキリしますよ。(無責任なことを言ってゴメンナサイ)

本を読むほどに子どものような百閧ェ、自分と重なってしょうがない。近頃とみに私もコドモ化が進んできたようだ。人格者でもないから周りが許してくれているのかどうかはわからないが、相変らず「イヤダカラ イヤダ」は貫いている。(とはいうものの、人に頼まれればイヤと言えない面も根強く残している)そのほか「キライダカラ キライダ」も徹底している。当然のことながら「スキダカラ スキダ」も頻発する。沸き起こる感情に理由はない。説明もつかない。同じ言うなら「スキダカラ スキダ」をいつも口にしていたいものだと思う水無月右近である。
2003年11月

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