「クロ(ボスクロ)のこと」

右近庵の猫事情はしばしば変化する。それはうちの飼いネコではなく外ネコである野良ネコのオスたちの極めて個人的(個猫的?)事情によるものだ。メスを求めて移動するかれらは、しばらく通いつめたかと思うと突然いなくなったりする。また、オスという動物の性(サガ)が集団の秩序を乱したときは、やむなく人間が是正しなければならないことがある。

クロと名づけた黒ネコが棲みついたのは二年前のことだ。発情期の頃、はるかちゃんがお目当てでどこからかやって来た。たいていの野良ネコがそうであるように、痩せていて頭ばかりが大きい薄よごれたドラネコであった。しかし一見して強そうなボスネコであることは眼光の鋭さや動きで見てとれた。うちの庭を通るのに私がいても少しも恐れず、いや恐れるどころか「ふん」と一瞥を与えるだけで、のっしのっしと歩くのだ。まさに王者の風格である。「たいした奴だ」というのが第一印象であった。

ダッコが許さないので、はるかちゃんは半ノラ生活であったが、そのはるかちゃんがエサを食べるのをクロはそばで羨しそうに見ていた。けっして横どりなどせず辛抱強く待ち、はるかちゃんが食べ残した数粒のキャットフードを喜んで食べた。そんなクロに好感をもち、クロの分もエサを出すようになった。とにかく迫力あるコワもてなので引っ掻かれてはかなわないとばかり、器を出してはすぐ手を引っ込め戸を締めた。

自分の分も毎日エサが出るとなるとクロは日参した。しまいには物置の上に棲みつき、はるかちゃんと夫婦となり仲良く寝ていた。ダッコの機嫌のいいときに、はるかちゃんを家の中に入れてやると、クロはガラス戸越しに鳴いて羨しがった。なんせコワもて、ネコ歴の長さを誇る私もひるむ風貌である。部屋に入れるのはためらった。しかし去年の冬のある寒い日、可哀そうになり入れてやると、なんとクロは私にスリスリし、床に座ると膝の上に乗ってきたのだ。そして気持ちよさそうな寝息をたてて熟睡してしまった。それからは毎晩30分ほどは胡座をかいてクロを載せて撫でてやり、寝かせてやる時間を取ってやった。それは野良ネコ戦士のつかのまの休息だった。

山に囲まれた右近庵は冬には底冷えがする。ほどなくクロを毎晩家の中へ入れてやるようになった。昨夏はじめて子どもを産んだはるかちゃん、一匹残した子ネコのオスじいじいとともにソファやホットカーペットで寝るという、これまでにない幸せをクロは味わった。子ネコのじいじいは父親をいたく尊敬し、無精もののクロが外から帰ってくると、全身を舐めてやっていた。子ネコが父親にそんなことをするものだとはじめて知った。その様子をはるかちゃんは目を細めて見ていたのだった。クロにはかなわない長老ダッコはみずから二階に居を移し、一家は台所、食事室、居間を占領してしまった。「飼いネコ気分」を満喫した幸せなひとときだった。

異変が起きたのは今年の春だった。子ネコだったじいじいが、父親の真似をして妙な声で鳴きはじめた。つまり発情期がやって来たのだ。しかし父親を尊敬することに変わりはなく、相変らずクロの毛づくろいをしようとした。だが、クロの側にも変化があった。そばにくるじいじいをうっとうしがって怒る。じいじいが食べていると横取りするようにもなる。とまどったのはじいじい、クロの変化にキョトンとするばかりだった。

それだけではなく、庭で機嫌よく遊んでいるじいじいを垣根の隅へ追いつめ威嚇していじめはじめた。クロに脅え、クロを避けなければならなくなったじいじいは、クロが庭にいないことを確めてから外へ出るのだった。そんなある日、ガレージで激しいネコの叫び声がした。慌てて出てみるとクロが車の下から飛び出し、脅えたじいじいがいた。なんと、じいじいのシッポは小指の先ほどがちぎれそうになっていたのだ。現場を押えたわけではないのでクロの仕業と断定はできないが、限りなく“クロ”に近い灰色疑惑である。じいじいのシッポは獣医さんに切ってもらい、骨や神経を皮膚で覆い縫ってもらう処置を受けた。

クロの横暴はダッコにまで及んだ。右近庵を牛耳っているネコがダッコであることが、日頃から気に入らなかったのだ。それまでにも一度ダッコに跳びかかり、人間にすれば八十歳を超えているダッコを脅かした。ダッコはそれで二階へ引きこもってしまったのだが、トイレやエサのために降りてくる。クロは用が済んで二階へ上ろうとするダッコの背後から急襲する。いくら「カミソリダッコ」の異名をもつダッコでも背後からの急襲ではひとたまりもない。すっかり脅えてしまいほとんど階下へ降りてこなくなってしまった。

ついにクロを追放しようと決めたのはダッコと激しい取っ組み合いになったときだ。ちょっと私が目を離したスキに襲いかかった。ひとつのボールのように二匹が転がり、ダッコは断末魔の叫びのような声を出した。ダッコの毛がゴッソリ抜けて舞い上がった。すぐに割って入ったがダッコは無傷、クロが点々と血を落として立ち去った。翌日になってクロが頬を噛みちぎられているのがわかった。「カミソリダッコ」は齢八十歳でも健在であった。しかし闘ったあと興奮し、ひどく体力を消耗するのか、しばらくは眠り続けた。気弱なじいじいは去勢をしてさらに弱々しい猫になり、気が強くともマンションでおもに育ったダッコ婆、この生活力のない二匹の安全と生存権は飼い主として守ってやらねばならない。共存させる方法を考えてみたが策がなく、悩んだ末にクロをスーパーマーケットのある住宅密集地に置いてくることにし、家人が任務を遂行した。

夏の暑い日にはクロのことを思い出し、無事かどうか心配した。しかし食パンを食い散らし、肉をパックごと運び出し、キャットフードの袋は破り、缶は倒して蓋をあけたクロである。ケンカは強く、敏捷性抜群、頭も良く百戦錬磨のボスである。かならずやどこででも生き延びているであろうと思いたい。オス二匹以上の共存は去勢をしなければ無理である。去勢をしてメス争いがなくなってもナワ張り争いはなくならないという。今さら王者のクロを人間の都合で去勢してよいものかとも思われた。したがって、この選択はやむをえないものだった。

クロが連れてきた「二号さん」のトラ子は、クロが現れなくなってもエサが魅力でやってくる。「本妻」であったはるかちゃんとやり合いながらも毎日来る。そしてしばらくして現れたトラ吉とねんごろになった。腹が大きくなり、どこかで子供を産んだようだ。一度茶トラの子ネコを連れてきて、トラ吉とともに三匹の茶トラ一家の姿を見せてくれた。トラ吉はクロに比べてオスとしての能力が劣るが、現在の右近庵の庭を仕切っている。よく太って立派になった。しかしじいじいはもちろん、はるかちゃんやダッコまでしつこくいじめはじめた。ナワ張り意識が強いオスネコには平和的共存は望めないのだろうか。困ったものだ。

そのトラ吉の唸り声で今朝は眼がさめた。庭に出てみると真っ黒の子ネコ相手に大のおとなが威嚇しているのだ。ところがこの子ネコ、なかなか負けていない。一人前に毛を逆立てて応戦している。トラ吉の注意を一瞬そらしてやるとすばやく逃げた。あのちびクロネコは大物になるぞ。クロの置き土産であることは間違いない。じいじいの前途は多難である。

強いパパとじいじい    庭で遊ぶ親子(後にはるかちゃん)
仲良し親子は就寝中

2003年10月

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