「長崎は今日も晴れだった(その一)」

ひとり旅をした。旅と云えないほどの2泊3日の小旅行である。

無事に一周年を迎えることができた解放感からか、それに今月の血液検査の結果が良かったことも弾みをつけ、突然に思い立ったことだった。ひとり旅は何年ぶりであろうかと考えると体力に不安がないわけではなかった。しかし悩まされ続けていた「どこかへ行きたい病」の早急な治療の方を優先させるべきであった。

行き先は長崎である。なぜ長崎なのかと云えば、私は坂のある街が好きなのだ。ゆるやかな坂を歩いて立ちどまり、ふと振り返ると思いもかけず高いところに立っている。下方に街、その向こうに海が見えるというような風景が好きだ。サンフランシスコ、神戸、函館が大好きである。坂道で有名な長崎を歩いてみたいと思っていたのだ。

もちろん“ヒロシマ”“ナガサキ”としての長崎を哀悼と敬意をもって訪れたいとも思っていた。また日本史で何度も登場した土地でもあるが、まだ行ったことがない。いや、それどころか私は九州に足を踏み入れたことがないのだ。学校嫌い、集団行動嫌いだった私は、高校の修学旅行での九州行きを放棄して行かなかった。親戚も九州には居ない。だから今頃になって“初めての九州”なのである。

大阪伊丹空港を飛び立ったJAS767便は定刻どおりに1:55p.mに長崎空港に着陸した。晴れの日には雲海が美しく、空からは街や山や海が鮮やかに見下ろせる。眺めているうちに空の旅は1時間ほどであっけなく終わる。その日、大阪では5.9度という寒さだったとニュースになっていた。九州も寒いだろうかと降り立てば、機外は暖い。長崎も晴れである。

長崎空港から市内の中心へはバスで行く。運よくあと5分で発車という時に乗り込んだ。車窓からは南国を思わせるソテツが目に入った。長く住んだ堺にもソテツが多く植えられていたことを思い出す。なぜか両市とも柳も多い。“ソテツ・柳・南蛮”が共通項のようである。しばらく走ると大きなカップ入りゼリーの“たらみ”の工場があり、ここが多良見という所なのかと感心したりした。そのゼリーを夏にはよく食べていたからだ。50分ほどで市内の中心に着いた。ホテルはバスターミナルのすぐそばにあり、観光地のひとつである中華街に隣接していた。

「新地中華街」は江戸時代におこなわれていた唐船貿易の中国船からの貨物を収納する倉庫が並んでいたそうだ。その後、在留中国人が隣接して今の長崎新地中華街が生まれたという。東西南北に牌楼と呼ばれる中国様式の門が立ち、そこから十字にのびる通りに約40軒の中国料理店や雑貨店が立ち並んでいる。横浜の中華街は訪れたことがないが、神戸の中華街とまた少し異なる雰囲気だと感じるのは、かまぼこ屋があったり土産もの屋に“ビードロ”が並んでいたりするからだろうか。

苦手な早起きをし、朝食も早かったから空腹を感じた。ガイドブックにあった「桃華園」という店に入り、「皿うどん」を注文した。皿うどんの麺には細いものと、「ちゃんぽん」に使う麺くらいの太さのものがあるらしいが、その店の麺は細麺であった。これがとんでもなく細いのだ。その極細麺と野菜あんを混ぜて食べると、口の中でカシャカシャと麺がくだけて絶妙である。実に旨い。ところで皆さんはご存知だろうか。地元の人や“通”の人は、その皿うどんにウスターソースをかけて食べるのだ。私はそれを知っていたから半分にかけてみた。そして半分はそのまま食べてみた。どちらもそれなりに美味であった。

いったんホテルに戻り、カフェレストランでコーヒーを飲んだ。ガイドブックを開いて次の行動を考えることにした。暗くなってから行く所と云えば盛り場しかなかろう。ガイドブックにはマイノリティの店は載っていない。調べておけばよかったなと少し後悔をした。とりあえず有名な飲み屋街の「思案橋」あたりをぶらぶら歩いてみることにした。

「観光通り」という市内の目抜き通りには店が立ち並び賑やかだ。しかし店はほとんど閉まりかけており、飲食店ばかりが明々としている。やがて目的地の思案橋に着いた。クールファイブの歌に「思案橋ブルース」というのがあったなと、それを唄いながら歩いてやろうとしたのに曲が思い出せない。“あなたひとりに〜”いや違う。“さがし、さがしもとめてぇ〜ぇ”いや、これも違う。なぜか何度唄っても「長崎は今日も雨だった」になってしまう。いくら思案してもラストの「思案橋ブルースよ〜」しか出てこないので癪だけれど唄うのはあきらめた。

知らない街で酒場のドアを開けて店に入るのには勇気がいる。近頃マイノリティーの店しか行かなくなっているから、よけいに気が引ける。体調を崩してもいけないし、ぶらぶら歩いただけでホテルへ帰ることにした。しかし途中で居酒屋へ入ってしまった。私の好きな日本酒「久保田」がウィンドウに見えたからだ。家で飲み慣れているこの酒を見たとたん飲みたくなった。皿うどんを遅い時間に食べたので腹は空いてなかったが、“すくい豆腐”と“サラダ”をアテに酒を一杯だけ飲んだ。

飲みながら佐賀に住むFTM、セイヤ君にメールを送ってみた。彼からは数日前に手紙をもらっていた。名前を男名に変えることや、貯金をして下半身の手術も受けたいと伝えてきた。ちびりちびりと飲む私の相手をメールでしてくれたセイヤ君は、最後にこう送ってきた。「大阪の父上様、何もない所ですが、いつか佐賀にも来て下さい。お待ちしています」。そんなやりとりに思わず微笑んだ。

さて酒もなくなった。ホテルに帰って明日の計画でも立てるとしようか。店を出ると、ほろ酔いの躯に夜風がここちよい。初冬どころか晩秋でもない長崎の夜風である。落ち葉もなく、イチョウも緑のままである。哀愁を漂わせ、水無月右近はひとり夜道を歩いていた。

※思案橋ブルースはクールファイブの曲ではありませんでした。正しくは『高橋勝とコロラティーノ』でした。

※思案橋ブルースの歌詞+メロディーは↓
http://wagesa.cool.ne.jp/music/j-sengo2/jsengo2-frame.html

※歌詞+解説は↓
http://www.at-nagasaki.jp/nagazine/uta/030925/index.html
つづく
2003年11月

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