「“竹内てるよ”という詩人」

月に一度、眼科受診のため難波(ナンバ)に出向く。私の住むK市から急行で30分ほどでミナミの中心地に着く。めっきり都心へ出ることが少なくなってきたが、その日ばかりは都会の雑踏を楽しんでいる。受診後には地下街の旭屋書店へ寄るのも楽しみである。

どの本屋へ行っても、まず「詩歌」のコーナーへ直行する。詩歌といっても短歌や俳句の本よりも、やはり詩集を手にとり読んでいる。有名大型書店に並ぶ詩集は、たいてい著名な詩人のものばかりである。新刊はもちろんのこと、装幀が変わっているだけで同じ詩が収められていても欲しいと思うのだ。谷川俊太郎、石垣りん、高田敏子etc。次々に開いてみてはその日に買って帰る一冊を選ぶのは至福のときである。

ふと目を落とすと、平台に二冊重ねて地味な詩集が置いてある。ハードカバーではなく、装幀は象牙色(アイボリー)、藤色の花が二輪だけ小さく描かれている目立たない本だった。

「静かなる夜明け」竹内てるよ詩文集。初めて見る名前であった。その表紙の色を汚さぬように気をつけて本を取り上げ開いてみた。その衝撃をどんな言葉で伝えればよいのだろうか。漢字とひらがなのほどよい混じり具合、その美しさ柔らかさ。それらの文字が伝えてくるこの詩人の温かさ。一瞬にして魅了され、その日に買う一冊と即断した。

帰途、電車に乗っていても興奮は醒めやらず、つい先ほど見た文字や言葉が頭をめぐり、頬が紅潮するような感覚をおぼえた。膝に置いた袋の中の詩集から、温かさは微粒子となって発散され、疲れきった表情の車内の人びとに浸透するような気さえした。家に帰って早く読みたいと思って電車に揺られていた。急いで食事をして片付けたあと、ときめきながら表紙を開いた。

いのち
静かなる 夜明け
花 まさにひらかんとして 香りたかく
ひかり 万象に
新し

これらの言葉がまず現れた。それから目次がある。詩は四部に分けられ、「鳩時計」「愛について」という美しい文章も収められている。巻末には自身による略歴も載せられ、それは次のようなものである。

私の略歴

明治三十七年十二月二十一日北海道札幌市に生る。幼にして生母に生別し、雪の廣野を鈴をつけたる橇にのって祖父の任地江差に引取られたる由。江差より厚岸に移り、小学校三年のとき東京へ来る。高等女学校三年退学、一家のため生活戦線に立ち、少女の腕に祖父母、幼妹たちを支え、二十歳の春、涙と共に或事情にて結婚、文学志望を抛つ誓いの下に祖父母と妹をつれて婚家に入る。間もなく祖父母相ついで死去、長年生死も不明なりし父来宅、父の許に妹達をおくり、ひとり婚家に残る。その時みごもれるためなり。一子の母となりし昭和二年春、脊椎カリエス、不治と診断され、翌三年二月二十五歳にて男子徹也をおきて離婚となる。同年十二月、詩友一同を代表して神谷暢、わが一身を引受けて看病し保護し、共同生活十六年本年に至る。二十五歳の十二月より執筆勉強をはじめ、以来十六年のあいだ病床生活十年、療養生活三年、快気静養生活三年、その間置きて出でたる愛児を思い、母の大義を生くべき日本女性の幸を祈りて、本年四十歳更生の日を迎う。生きたるはただ死に価することをせざりしため、今たびは死に価して死なんためなり。
(昭和十八年二月 竹内てるよ記)

略歴にあるとおり、竹内てるよの生涯は苛酷なものであった。実母との生き別れ、病気、それによって婚家を追われるかたちでの離婚と、生まれたばかりの息子との離別。よその子どもたちの姿を見ては我が子に思いをはせて詠んだ詩は痛恨の極みである。この略歴を書いたあとも波乱の人生は待っていたのだ。そんななかでも竹内てるよは多数の著書を出版した。

若き日には世田谷区に暮らし、戦時中は長野県穂高町の友人宅に身を寄せる。戦後ふたたび世田谷区に戻ったあと山梨県大月市に移る。そこで50歳になった竹内てるよは、生き別れた最愛の息子と25年ぶりに劇的な再会を果たす。(昭和30年)しかし、徹也さんは舌癌を患い、若くして病没する。その後、自らも入院生活となる。東京に戻り板橋区に住むが、最晩年は新潟に移り2001年(平成13年)、2月4日に96歳で永眠する。

生涯を通じ、いく度も死線をさまよう闘病と貧困にもめげず、竹内てるよは詩作に励んだ。療養生活を送るなか、平凡な暮らしぶりや花をこよなく愛し、温かな目で人間や自然を見つめて詠った。その作風は清廉、清貧、清麗である。この詩人との出会いを心から喜びたい。

☆おもな著作集
・「生命の歌」 第一書房版 1941年
        渓文社版  1983年
・「竹内てるよ作品集」(全四巻)宝文社 1952年
・「海のオルゴール」 家の光協会 初版 1977年
                新装版 2002年
・「わが子の頬に」 たま出版 2002年
 (旧版「因縁霊の不思議」 たま出版 1978年)
・「いのち新し」 たま出版 初版 1984年
             新装版 2003年
※自伝的著書「海のオルゴール」は、1977年、2003年にテレビドラマ化され話題をよんだ。

最後に、本詩文集より感動的な詩をひとつ紹介したい。

 「雪の上の花」

心なく
この朝 花瓶の花をすてるに
花は 二寸の積雪の上

まひる
おだやかな光を愛して庭に出づれば
すてられた花
太陽の光に ゆるやかに開いている

夜更けて寒さは
あすまでの生存を許しはしない
花よ
枯れはてるその日すら
太陽の光あれば かくもひらくか

身ぐるみ つめたい雪の上
茎も 花びらも 凍りつつ
まひる
太陽の光に 有終のしべをひらく
花よ
何という誠意

よし人生に千万の不幸ありとも
愛の前には 花ひらく
幾多女性の心のように
花よ
しいたげられつつひらく
すがたの美しさ


※しべ…花の中心部に、糸のようにたくさんある細いもの。雄しべと雌しべ。

引用・参考「静かなる夜明け」竹内てるよ詩文集 月曜社
※月曜社ホームページ→http://biblia.hp.infoseek.co.jp/getsuyosha/catalogue.htm
2003年10月

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