「遁世」は可能か

「現代における遁世について考察する」などと豪語してしまったことを後悔している。しかし後へは退けない。あまり期待せずに読んでいただきたい。

小松氏は章の終わりに、現代において「遁世」は可能か、現代に「遁世者」などいるのかと疑念をもって問いかけている。また、その答を見つけるためには「遁世者」たちの残した作品等を詳しく吟味することが大切であると述べ、そこには現代を生き抜く知恵が隠されているはずだと結論する。

分かりやすい文章が続いていたが、最後になって曖昧で論理的でない文になってしまっている。つまり、遁世できない私たちは、せめて過去の遁世者たちの残したものから、現代を生き抜く術を学び取れということか。反語のように問いかけるよりも、はじめから「現代人に遁世は不可能だ」としめくくれば分かりやすく論旨は通るのだが。

ただし私は前回、「可能である」と自信たっぷりに言ってしまった。したがってその考えを展開しなければならない。少々腰が退けてしまっているが、今さら逃げもできまい。ええい、ままよ。

遁世が可能かどうかは、どんなかたちの遁世かにもよる。小松氏の文を読むまで、遁世は「聖型」が基本であると思っていた。出家遁世とは仏に仕えることを主眼とし、禁欲的な生活を自身に強いることという以外に考えが及ばなかった。芸術方面に秀でた者たちは、修行の合間に活動するものだと理解していた。

では、現代において「純聖型遁世」は可能か。私ごとで恐縮だが、昨夏、あるできごとから何もかも嫌になり「聖型遁世」をしようかと真剣に考えた。その頃は金銭的にも逼迫(ひっぱく)していたので、寝袋でも持って山野で起居し、無常を噛みしめようかと本気で考えた。そして気がつく。私は病弱系である。炎天下を歩きまわった日には半日で行きだおれ、救急車で運ばれるのが関の山だ。人の手を煩わし、迷惑をかけてしまうだけだ。そんな折、子猫が4匹生まれて家を空けることができず、結局それも理由に遁世を思いとどまった。だが、頑健な人であっても山野や寺の周辺で暮らしていたら、注意されたり保護されたりするだろう。のどかな昔には可能であったかもしれないが。現代では「聖型遁世」は不可能に近い。

それでは「西行、長明、兼好型文芸系遁世」はどうか。右近としてはモノ書きの遁世は大いに興味あるところで憧れでもある。しかし彼等は皆、あり余る才能の持ち主であって、その才能を存分に発揮するための遁世である。方便としての遁世と知られても誰も咎めまい。凡人が書き散らして遊んでいるのとはワケが違う。私には、書きたいから遁世しますなどと大それたことは口にできないのだ。

「宗祗、利休、芭蕉型エンターティナー&アーティスト系遁世」はどうか。連歌に長け、人をコーディネートすることで金儲けにも長けた宗祗、茶の湯の精神性を極めた利休、十七文字に言葉の芸術を極め、西行と同じくみずからを演出するのにも抜かりがなかった芭蕉。かれらほど偉大ではないにしろ、こんな人は現代にも世界じゅうにいるように思える。意識せずして「勝ち組系遁世」をしている人は意外に多いのだ。

ところで私は現在、ほとんど人とのつき合いがない。事情があって親戚づき合いもなくなった。電話嫌いもよく知られ、鳴ることがない。緑に囲まれ静かに暮らし、本を読んだり気ままに詩や小文を書いている。これはもう、「半遁世」状態である。けれども隣人と垣根越しに挨拶もすれば回覧板も持っていく。どこかに属して生活している以上、その「世」になじまなければならない。伝達手段や人間関係の潤滑油としての最小限度の言葉を出さずには暮らせない。日常からの「完全遁世」は誠に難しいものだ。

それでも私は遁世をしているとの自負がある。「ミニ遁世」する方法を心得ているのだ。閉塞状態の暗い時代、さまざまな困苦を抱えて生きる人たちに、ささやかな提案をしたい。それは非日常的な世界を自分の内につくり、そこへ時々は逃げ込むことだ。「なんだ、そんなことか」と思わないでほしい。自分が一番心地良いものが何かを知り、それに基づいて「世」をつくる。そしてしたい時にそこへ遁世し、ひとりでのめり込むのだ。(「ひとりで」が重要である)ちなみに、私は「水無月右近の世界」という、もう一つの「世」に一日の大半を遁世している。この心地良い「世」で、拙作を素人なりの隠者系芸術にまで高められれば本望だと思っている。精進、精進。

しかしこうして皆さんに語りかけているかぎり、私には「完全遁世」はできないのだ。やはり迷い多き一介の衆生なのである。
(このシリーズ終わり)
2003年7月
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