「うつとの闘い(その三)」

2回にわたって「うつ」について述べたが、今回で一応しめくくりたい。

自殺者が年間3万2千人を超えている。この自殺率は先進国の中では第一位で、アメリカやヨーロッパ諸国の二倍にあたるという。外国では六十歳代以上の自殺者が多いが、日本では四十歳代から五十歳代までの自殺者が全体の四十パーセントを占める。深刻な不況のため生活苦や経済的事情で死を選ぶ人が増えているのも痛ましいことだ。さらに自殺者全体の十倍の人に自殺指向があるとされ、またその十倍のうつ病患者がいるとされている。これは驚くべき数である。

うつ病が重くなるとたしかに死を考えるようになる。私がそうなっていった過程と心理について自分の経験から述べてみたい。私は突然に与えられた衝撃的事実により「うつ」状態に陥っていったが、それは次のような流れに沿い自殺願望にまで進んでいった。

事実の認識→怒りが生じる→しかし忘れよう、辛抱しようという態勢をつくり、内へ押し込めようとする→気付かぬうちに強烈なストレスが増殖するが外へ向けずに我慢を続ける→自分に非があるのならそれは何かと考え、自責の念に悩まされる→「うつ」の症状がすべて現れ、ついには起き上がることができなくなる→自分の人生は何であったのかと後悔する→これまでとそれからの人生を否定し、生存意欲を失うとともに食欲を完全に喪失する→自分の存在そのものを否定し、消えたくなる→絶望感に襲われ死を選ぼうかと真剣に考える。

思い出すのも苦しいが、まさにこのような経路で泥沼に沈んでいった。そして困ったことに、一旦「死にたい」と思ってしまえば容易にそこから抜け出すことができない。生と死の間を行ったり来たりする。自殺を遂げた人の心理を想像すると、芥川龍之介のように計画的に遂行した者の方が少数で、大部分は発作的な選択であると思えてならない。私の場合は真夜中に自損行為や死の誘惑に襲われた。死神は一人のときよく訪れ、「その一」に書いたような行動をとってしまったのだ。思い出すと身震いする。

非常に危険な心理状態のときには自暴自棄になり冷静さを欠いている。死に向かって歯車が廻り出すと、その方向へ運ばれていく。もう死ぬことしか考えられなくなる。そんなときには愛する者のことも悲しむ者のことも何も考える余裕がない。一直線に死に突き進もうとする。しかし幸運にも私にはわずかの醒めた部分が残っており、自らを殺めなかった。しかし何度となく命を絶ちたい衝動にかられた。生と死の狭間に立っているときは、一瞬にしてどちらへも転ぶ可能性があることを知った。

振り返ってみれば、「うつ」の原因を与えた人間に対して怒りの感情をぶちまけているときは、危険な思考に傾かなかった。原稿用紙をまき散らし、食卓の上のものを払い落とし、その辺のものを蹴とばし惨憺たる部屋の中になったけれど、そのあと気分はスッキリした。一人で悶々と悩んで閉じこもることは「うつ」を悪くし、自分の感情を素直に出すことの方が精神的には良いことなのだ。

私はいま生きていることが不思議に思えることがある。ものを書こうとする人間は「言葉で表せないほどの」と云ってはならないというが、あの苦しみは筆舌に尽くしがたい。私の周りに助けてくれる人がいなかったら、私はこうして生きてはいない。その人たちへの感謝の気持ちは生涯忘れない。こんな体験をした私は、同じことを味わった人たちと苦しみを分かち合い、渦中にある人には決して自殺しないよう願いたい。そこで以下に「うつ」の主な症状と、皆さんに伝えたいことを記しておく。

☆症状

1.一日中、あるいは毎日気分がふさぐ
2.いろいろな興味、関心、喜びが欠如し、活動量が著しく減る
3.食欲不振で体重が減少する
4.毎日不眠、その他の睡眠障害がある
5.倦怠感、無力感がある
6.自分を価値のない人間だと思い、自責の念に悩まされる
7.思考力が低下し、決断ができなくなる
8.くり返し死への願望が起こる
(米国精神医学界「診断・統計マニュアル」より)

これらのうち五つ以上該当し、二週間以上その状態が続くと「うつ病」と診断される。もしこのような症状があれば、「うつ病」を疑って下さい。

☆「うつ」を経験していない皆さんへ

あなたの周りに「うつ」に苦しむ人はいませんか。その人はきっと平静を装い微笑んでいるかもしれません。けれども何かサインを出していれば気付いてあげて下さい。その人は一人で悩み、死の誘惑と孤独な闘いをしているのです。どうか話しかけてあげて下さい。決して非難せず励まさず、突き放さないでその人の発する言葉に耳を傾けてあげて下さい。あなたには、すぐそばにいる人の尊い命を救うことができるのです。

☆「うつ」と闘っている皆さんへ

あなたの苦しみが私にはわかります。もしも突然死にたくなったら、とりあえずあなたを傷つけるものを思いきって遠ざけて下さい。恥ずかしがらずに誰かを頼って思いきり泣き、話を聞いてもらいましょう。処方された薬があるならそれを呑み、今日は布団にもぐってしまいましょう。頭までスッポリ布団を被り、胎児のように身体を丸め、お母さんの胎内に居た頃を思いうかべ、眠りが訪れるのを待ちましょう。目覚めたとき、少し楽になっているはずですから。多くの仲間がHPで「うつ」を語り合っています。あなたは一人ではありません。もちろん私でよければいつでも語り合いましょう。

こんなえらそうなことを云ってはいるが、私は完治したと断言できないのだ。膠原病を持ち、ステロイドホルモンと抗うつ剤の相性が悪いこともあって、私は薬を服用していない。ときどきやってくる「うつ」に苦しむ私を、周りにいる人たちが手を尽くして鎮めている。それで治まっているうちはこれでよい。今ではむしろ膠原病同様、生涯共存する覚悟もできてきた。おこがましいことを敢えて云うなら、ものを書く人間には「うつ病」持ちが多いという。私の中のwetな部分から発露するものが私の詩であることは否定できない。それが「水無月右近」の世界でもあるのだ。だから「うつ」と徹底抗戦ではなく、静かな闘いを今後も続けたいと思う。最後に、HPを見てくださる皆さんが、私をここまで立ち直らせてくださったことを心から感謝したい。

重い内容の連載にお付き合い願った。次回は秋晴れのようにカラリと明るいことを語りたいものである。コスモスが次々に咲きはじめた。秋が近い。
(このシリーズ終わり)
2003年9月

前のひとり言 次のひとり言

ひとり言 INDEXへ