「原点に戻って」

“一周年”を無事に迎えたあと、解放感に浸っている。HPは自分がいちばん楽しんでおきながら、こんな云い方は恐縮なのだが安堵感は否定できない。今回は13ヶ月を振り返り、現在の2〜3の心境を述べてみたい。

このところ私は出歩いてばかりいる。“週1回up”から解放され、体調が崩れてもかまわないと思うからだ。(でもまだ“週1up”は守っている…)猫の世話が頼める週末には、かならずどこかへ出かけている。それで調子に乗りすぎて、ついに風邪で寝込んでしまった。それでも来週はじめには、また出かける予定である。私はなぜ親の仇でも探すように外へ出てゆくのか。コレというアテもないのに。それは生きている幸せを感じるためなのだ。私の眼に映る空、海、山。師走の街並と行き交う人びと…。冷たい風に頬を撫でられ、それらを眺めているだけで私はこよなく幸せなのである。

病気との共存も8年めになる。発病時は先が見えず、希望を失い床に伏していた。その後、病気であることを忘れるほど体調のよい数年間もあった。それを経て、年々わずかずつ諸症状は顕著になり、新たな症状も加わった。また、ステロイドの副作用で菌に弱く感染しやすくもなった。眼や口、咽頭の乾燥はひどくなり、腎機能もすぐ低下する。冬には“レイノー”で手指は変色し、関節が痛むこともしばしばだ。これらの症状に悩まされるにつけ、発病時の最悪の状態に逆戻りすることへの恐れが消えることはない。そうなった場合の薬の増量と副作用である容貌の変化への恐れも強い。これらの恐れを抱え、私は必要以上に神経質になり臆病になってしまっていたように思う。

私の身体は、本来、軟弱な方ではなかった。頑健とまではいかないが、人並みの体力の持ち主であった。体力の足らぬ分は気力で埋め合わせる奴でもあった。人にも自分にも負けることが嫌いな可愛くない奴であった。そんな可愛げのない奴にはそれに応じた処し方というものがあるのではないか。弱い身体には弱いなりの挑戦があってよい。思い通りの行動をしたとて必ず体調が悪くなるとはかぎらない。むしろ身体を気遣うあまりに家にこもり、精神状態を悪くするなら外へ出かけた方がよい。きっと何かを吸収して戻ってくるであろうから。近頃私はそんなふうに考えが変わってきた。

はじめは一人で出歩くことに不安がなかったわけではない。途中で倦怠感に襲われ動けなくなったらどうしよう、眼があけていられなくなったら…と心配ではあった。しかし出発前からあれこれ気に病んでもはじまらない。まあとにかくやってみようと、とりあえず出かけてみた。果して出発前のもろもろの心配は“杞憂”に終わった。私は元気に帰ってきた。しかも膠原病の諸症状には「旅」がいかに良薬であるかがわかったのだ。同時に精神の高揚は肉体をも高揚させることが証明できた。病気をする前のように行動的な私を取り戻すべく、これからは自分の足であちこちを歩いてみたい。美しい日本をいくつも発見し、ひとつひとつをこの眼に心に灼きつけていきたい。

さて次にHPについて語らねばなるまい。私がHPを開設した理由は前に述べた。そして今、曲がりなりにも立ち上がり、歩きはじめた私にとって「平成道行考」とは何であろうか。今後、それはどんな意味を持つのだろうか。また、この先どんなふうに展開してゆけばよいのだろうか。何のことはない、このまま続ければよかろうと皆さんは思うかもしれないが、そうではないのだ。これもすでに述べたが、私にはものごとを1年単位で考える習性がある。それには仕事柄そうであったという理由のほかに別の理由もある。私には3年先、5年先の自分の身体が予測できない。とりあえず目の前にある1年間を一生懸命に生きてみて、それが無事に終われば喜び、次の1年をその上に重ねてゆこうという考え方になっているからだ。

「平成道行考」に対する私の思い入れは強い。できるものなら永遠に関っていたいと思う。開設後13ヶ月で看板の“恋愛詩集”は二集めが完結した。恋愛詩を好んで読んでくださった方々にとって、第三集は続くのかということは大いに気になるところであろうと思う。希望的観測としてはこれからも書きたい意思はあるが、恋心が騒げばという条件付きなので何とも云えない。“怨憎詩集”もすでに完結、“さみだれ詩集”はどんな詩でも放り込めるので完結はないかもしれない。“ひとり言”は今回でNo.60になった。水無月右近は呟き続けるべきなのだろうか。それともこの辺が潮どきか。次の一年は、これらの上に何が重ねてゆけるのだろうか。

HP以前の問題として「書くこと」への私の姿勢も、いまいちど見直さなければならない。書くことは私の愉しみであり生き甲斐でもある。それが詩であれ文であれ、書いているとき私は幸せである。それは悦楽であると云っても過言ではない。しかし悦楽だからとて恍惚として独りで愉しんでいるばかりでは進歩がない。「書くこと」を自己表現の手段として選ぶならば、思考、文章力など自身を切磋琢磨しなければならない。そのためには何をすればよいのか。もちろん多くの書物を読み、考えることである。いろいろなものを見たり人に会い、感じることである。そして表現手段としての文章のレベルを上げてゆかねばならない。私の目指すところの“素人の文筆家”たりうるためには、まだまだ課題が山積である。書くとは、表現するとは、言葉と真摯に対峙すること、それはまた、自己と対峙することでもある。そして書くとは人間のもつ「良心」を「倫理」を書くことでなければならない。もう一度、「書くこと」について原点に戻って考えてみたい。

最後に付け加えておきたいことがある。それは公に対してではなく、メールにおいて私が個人に対して発した言葉への反省である。言葉を出したあと、たいてい私は後悔することが多かった。1対1のやりとりでは互いに気を許してか、かなり奥深いところまで語りあうことも多々あった。顔も名前も知らない人と、そこまで話し合えることは不思議な喜びであった。けれども、相手に言葉を投げかけた後に自分の考えを主張しすぎたことを悔やみ、プライヴェイトな自分をさらけ出しすぎたことを恥ずかしく思った。

“表現者”をめざすならば、私は公に対してのみ言葉を出すべきである。水無月右近としての私でだけ皆さんの前に居るべきところ、私的な交信では、個人的立場で発言したことを反省したい。その発言により、もしも感情を害された方があるならば、併せてお詫びしたい。言葉を放つことの功罪――その行為には良い点と悪い点が共棲する。それが身に浸みた経験であった。以後、交信する際は節度を守り、私の作品等に関してのみ発言してゆきたい。皆さんもそのことに留意願いたい。

師走もあと十日あまりで暮れる。2003年が終わる。新しい年には何をしているのか今のところ見当がつかない。まずはゆっくり休み、自分の進む方向性やHPについて考えたい。「水無月右近.com」、「平成道行考」を13ヶ月にわたり支えてくださった皆さんに、心から感謝する次第である。

2003年12月

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