「『歩き遍路』への挑戦(その二)」

四国八十八ヶ所巡拝の全行程を歩いてやるぞと決めてはみたものの、実は不安でいっぱいである。

一回の旅で何泊かするのであるから、それなりの荷物を背負って山道やアスファルトの国道を歩かなければならない。うむ。考えてみれば、持病をもってから私は一人旅をしていない。重い荷物が持てるだろうか。疲れて動けなくなったらどうしよう。腰痛だって起きるかもしれない。直射日光で皮膚が真っ赤になるだろうし、目は乾いてコロコロし、口も渇いてカラカラになるだろう。それに私は健常な人より水分を必要とするが、その分ひんぱんに排出しなければならない。充分な水分で血液をサラサラにしておかなければ、心機能や腎機能がとたんに悪くなってしまうのだ。もろもろの心配に、まるで私は“榊リュウ状態”である。(この意味が分からない人は、今秋の長編小説出版までお待ち下さい)

このように多くの不安を抱えつつ、それでも私の心は遍路へと駆り立てられる。豪華客船で世界一周の旅をしたり、外国にしばらく滞在したり、あるいは国内のあちらこちらを訪ねる旅もいいかもしれない。だが、それらは一時的な気晴らしにはなるであろうが私の悔いが軽減されるわけではない。私のするべき旅は四国遍路をおいて他にない。どうしても私は1100kmにおよぶ遍路の旅を、この脚で歩きたいのである。やる気と不安。これらが混じり合った心境のまま、送られてくる「週間・四国遍路の旅」のページをめくっては思案していたのであった。

そんな折、“完全歩き遍路”の広告を目にした。「これはイケるかも」と思い、さっそく資料を取りよせた。その企画は正真正銘の「歩き遍路」であった。説明会がおこなわれるというので、さっそく出向いて聴くことにした。当日、大阪・梅田の説明会場に集まった人たちは約60数名、ざっと見渡したところ私は最年少のようであった。(このところ私は人生の先輩たちが集まる所へよく出向いている)一見したところ、定年退職後の男性が多く、共に人生を歩んできた奥様が隣に座っている。もちろん一人で参加している男性、女性もいた。

時間ちょうどに説明会は始まった。四国から出向いてきた広報担当のK氏は温厚そうな五十代くらいの男性である。この企画について慣れた口調で、ゆっくりと分かりやすく説明をしてくれた。遍路には先達(“せんだち”または“せんだつ”)という巡拝の案内役の人びとがいるが、この日はIさんという先達が来ていた。用語事典によると先達と認められる条件は、遍路道を何度も巡って行程や札所の歴史などを熟知し、人間的にも尊敬されていることだとある。道案内のみならず、宿泊施設や昼食の手配など、遍路道中の一切の責任を負うという。四国霊場会では、巡拝の回数によって「公認先達」を認定している。Iさんの巡拝回数は500回を越えるそうである。現在、約12000人が認定されているというが、彼は存命の先達さんたちの中で最も登録番号が若い202番の「大先達」なのである。K氏も先頃、認定されたということだった。

旅行社の企画するバス遍路ではなく、「1mたりとも車を使いません」というのが気に入った。それが確めたくて説明会に出席したのであるが、どうやら本当にその様である。これはいい。いちばん私が望んでいることを満たしている。しかも病弱系にも可能な無理のない長期計画の「歩き遍路」である。うむ、これなら私にもできそうだ。いや、絶対にできる。

四国遍路は大きく四ヶ所に分かれる。「発心の道場」(阿波・徳島県)、「修行の道場」(土佐・高知県)、「菩提の道場」(伊予・愛媛県)、「涅槃の道場」(讃岐・香川県)である。この企画では月一回の巡拝で、各道場に一年以上をかけて巡る。予定表では阿波一国23番札所までに12回を費すという超スロウな巡拝である。無理をしない“完全歩き遍路”となると、時間がかかるのは当然のことである。88番目の大窪寺で結願するまで四年七ヶ月を要する一大プロジェクトなのである。

四年七ヶ月後というと私は何歳になっているのかと考えるとゾッとするが、これくらいのペースであればできそうである。説明を聴くうち“完全単独歩き遍路”よりも私にはこちらの方が向いているように思えてきた。但し不都合な点もある。それは私が団体行動が苦手であることだ。特に旅となると時間に縛られず、自由気ままに楽しみたいほうである。“単独歩き遍路”は理想であるが、私の事情を考慮すれば妥協することも必要であろう。人生の先輩たちと親しくなり、いろいろ教えていただくのも勉強である。

このプランにしようと決めたら気が楽になった。阿波の国へは大阪からバスで明石海峡大橋を渡って淡路島へ入り、大鳴門橋を渡って四国入りする。帰りはまた大阪までバスで連れて帰ってくれる。歩き疲れていても眠っていればいいので体もずいぶん楽である。歩行中はかならず先達さんと添乗員さんらが先導し、歩いている途中で具合が悪くなったら救援バスが待機している。山道で車が入れない所はおぶってでも運んでもらえるそうである。うむ。それなら安心である。行き倒れなくて済む。この計画で遍路をしようかと思うと周りの者に話すと皆が安心し、それならと快く賛成してくれた。一ヶ月に一度の巡拝に向け、日頃から足腰を鍛えたり健康に留意するようにもなるであろうし、四年七ヶ月かけて八十八ヶ所を巡るという大きな目標を持つのも良いことだ。死にたいなどと“鬱っている”(私の造語)場合ではない。(結願する頃、まだ「平成道行考」はあるのだろうか…。あって欲しい)

世は遍路ブームだそうである。K氏によると以前は乗物による巡拝が中心であったが、ここ数年ほど前から「歩き遍路」をする人がふえているとか。これはあふれるモノや飽食に虚しさを感じ始めた現代人が、精神的なものを求めはじめたことの現われではなかろうか。近頃では老若男女が歩いており、夏場は若い backpacker たちが急増するという。しかしK氏曰く、スタンプラリー的に歩くことそのものを目指すのでなく、あくまでも弘法大師のあとをたどる精神修養の旅であるべきなのだという。

民主党の元党首の菅直人氏も昨年「歩き遍路」をし、その様子が放映されて話題になった。K氏によると、そのとき菅さんは24番札所までを歩いたそうだ。その後は二度の「歩き遍路」でさらに進み、今年中には八十八ヶ所すべてを巡り、結願する予定であるらしい。有名人がおこなうと騒がれるが、遍路道を歩く大部分は市井(しせい)に生きる普通の人びとである。意外なことに外国人の姿も珍しくないそうである。いつの日か「歩き遍路」は日本人ばかりでなく worldwide なものとして定着するかもしれない。

ともあれ私は来月、1番から5番を歩く一回めの「歩き遍路」に参加するつもりだ。まずは10.6kmである。巡拝グッズのうち何を揃えようかなどと考えるのも楽しいことだ。K氏が見せてくれた金剛杖は130cmから90cmになっていた。八十八ヶ所すべてを歩いて回ったあと、彼の杖は擦り減って40cmも短くなったのだそうである。驚きである。

私の心は早くも遍路へ飛んでいる。万全の体調で臨むため、さあ、鍛えなければ。することがやっと見つかった私にも春が来そうである。さあ、来い、春。早く来い。

2005年3月
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