「クロJr.のこと」

「ひとり言」No.49に黒猫“クロ”のことを書いた。その置きみやげ“クロJr.”が庭に棲みついている。

昨年10月、庭の隅でトラ吉(No.48参照)にいじめられていた仔猫のクロJr.を初めて見た。それ以来、姿を現さなくなっていたので気がかりだった。そのクロJr.が、すっかり寒くなった12月頃に再び顔を出すようになっていた。もう仔猫ではなく中猫で、凛々しくと云いたいところだが、痩せ細って見る蔭もなかった。黒であるはずの毛は赤茶け、ところどころ地肌が透けて見えていた。それは栄養失調と厳寒の苛酷な自然環境のせいであることは間違いなかった。

クロJr.が右近庵の庭に来るようになったのは、堂々とエサを要求するトラ吉トラ子夫妻の様子を見てのことであろう。かれらが声たからかに「エサー、エサー」と鳴くと、ガラス戸があいてエサが出てくる。ドライフードばかりでなく、ときにはアジやなんかのいい匂いもする。きっと自分も“おこぼれ”なり欲しいものだと思ったのだ。しかしかれらがワサワサと食べるのを遠目に眺めているだけである。なぜならトラ吉が怖いからだ。いや、少年はオトナたちが怖いものなのだ。

トラ吉夫婦が食べ終わって立ち去ると、そっと来てカラの器をクンクン嗅いだり舐めたりしていた。エサを入れてやろうとガラス戸をあけると慌てて逃げる。そして怯えた顔で垣根の下から私の様子をうかがっている。こちらへ来る気配がないので器を垣根のところまで持って行くと、「あな恐しや人間ダ」と隣の庭へ逃げ込んでしまった。どうやらそこが右近庵の庭への通用口のようである。戻ってきて食べてほしいと願ってエサを置き、クロJr.が現れるのを家の中で待っていた。

しばらくするとクロJr.が顔をのぞかせた。あたりを見回し警戒している。トラ吉夫婦も人間もいないことを確認すると、ガツガツと食べ始めた。よかった…。その食べっぷりや凄じい。夢中で食べる姿を眺めていると、父親クロのことを思い出した。そして“ナワ張り占拠”というオス猫の習性がなければ“追放”は避けられたのに、と嘆息をついた。それは長老“ダッコ”と少年“じいじい”を完膚なきまでにいじめてケガを負わせるに至り、下した悲しい決断であった。やむをえなかったとは云え、今でも心ぐるしい。だからクロJr.を立派にしてやりたい気持ちはひとしおなのだ。

クロJr.は右近庵を“エサ場”と認識し、たびたび姿を現わすようになった。トラ吉夫婦が食べ終わるのを辛抱づよく待つ。かれらが立ち去ったあと、サングラスをかけた人間が自分にエサをくれる。そのパターンをクロJr.は学習した。さらに芝生で日なたぼっこをしたり眠ったりもするようになった。心配していたトラ吉夫婦によるイジメもなく、気のいい“じいじい”や“はるかちゃん”も庭での滞在を許している。クロJr.にとって右近庵の庭は安息の場となったようである。

しかし心配なことがある。ひとりで懸命に生きてきたクロJr.は病気のようなのだ。ゴミをあさり、よくないものもずいぶん食べてきたのであろう。小アジやドライフードを食べたあと、噴水のように激しく吐き戻したことがあった。おいしく食べたものを全て吐いてしまったのだ。その様子を見ていた私は心配になった。しかし近づくと逃げるだろうと思い見守るしかなかった。すると、なんとクロJr.は自分が吐いたものを再びきれいに食べてしまったのだ。

もうひとつの心配は片方の後脚が不自由なことである。そのことは最近になって気がついた。ガラス戸をあけると走り寄ってくるようになったが、その走り方でわかったのだ。おそらく何かの衝撃により関節が外れ、そのままの状態になっているのだろう。可哀そうに。庭のどこかにクロJr.の吐いたあとはいつも見つかる。身を守る際にも素早く走ることができない。だいぶ馴れたが、まだ「ハァーッ!」と云って触らせてくれない。それらを治してやるには、ゆっくり友好関係を築くしかない。

私の古いセーターを敷いた“和歌山みかん”のダンボール箱がクロJr.の棲家である。天気の良い日は芝生の上で寝ている。クロJr.はじいじいが大好きのようで、じいじいが庭へ出ると大喜びして走り寄ってくる。それは「お兄ちゃん、遊ぼう!」と云っているように見える。そうなのだ。かれらは腹違いの兄弟なのだ。クロJr.はオスであるが、likeを超えてloveではないかと思えるほどの慕いようで、じいじいはタジタジである。

本来ならエサ場侵入を許さないほどに成長したが猫たちはクロJr.を追い払わない。気分屋のトラ吉が、たまに威嚇してみせるくらいなものである。それはきっとクロJr.が弱者であることを皆が理解し、かれらなりの優しさで見守っているかのように見える。教えられなくても身につける優しさが動物にはあるのだ。

ボス猫としては非の打ちどころがなかったクロに対し、クロJr.はひ弱である。しかし親が強く逞しい猫であったからとて息子がそうだとかぎらない。クロJr.には彼の個性があるのだ。それを認めて生きる手助けしてやりたいと思う。それがボス猫クロへのせめてもの罪ほろぼしになるような気がする。大きくなるにつれ、声も顔も父親そっくりになってきた。抱けるようになったら獣医さんのところへ連れて行ってやりたいと思っている。
2004年3月
家の中まで入ってくるようになった“クロJr.”


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