「年頭にあたって」

年末から年始にかけ、毎年あわただしく過している。そうしているうち、じき「七草」がやってくる。

年は明けたが国内では自衛隊派遣の論議がかまびすしく、冷えきった経済による閉塞状況は続いている。世界では戦争後もテロが続き、天災が多くの命を奪うなど悲劇はとどまるところを知らない。“めでたさも中ぐらい”どころか、これっぽっちかという感は否めない。しかしながら2004年の幕は切って落とされた。

ひと月あまりの間、私は遊び呆けていた。1ヶ月に4度も泊まりがけの小旅行をし、楽しさを満喫した。そのあとは年末の雑事に追われ、忙しさに埋没してしまった。ふと気がつくとしばらく文字を読んでいない。本らしい本は読まず、新聞もろくすっぽ読んでいなかった。書いてもいない。日記もサボり、書いたものと云えば年賀状の裏の“ひと言”くらいなものである。要するに私は読みも書きもしない1ヶ月を過ごしたのである。

正月のことがすべて終わった1月3日の夜、私は急に落ち着かない気分になった。普通なら、やれやれというところであるのに、なんだか情緒不安定なのである。その心の様子に気が付かぬはずはなく、今度はなぜそんなふうになっているのかを考えはじめた。すると以前、“コーヒー絶ち”をした時に、たしかこんなふうであったなあ、と過去の感覚を思い出した。コーヒーは飲みたいだけ飲んでいるから、私はいったい何を絶ってこんな状態になっているのだろうと湯船に浸って考えてみた。その結果、意識的ではないにせよ、“読み書き”を絶っていたことが原因であるとわかったのだ。

禁断症状が出てきたのならと、私は本を読みはじめた。暮れに買っておいた新渡戸稲造の「武士道」である。難しいものであろうと身構えて表紙を開いたが、これが実にわかりやすい。それは奈良本辰也氏の訳・解説のおかげでもあろうか。こちらが求めている時には吸取紙のように本から知識を吸収できるものである。この小さな文庫本を正座して読んでいる。話題の映画「ラストサムライ」のトム・クルーズも、この本を何度も読んで撮影に臨んだという。私もしっかり読んでから映画を観に行くつもりである。

ところでHPのことであるが、今年のコンテンツについてはまだ決まらない。構想はいくつかあるのだが、一年間やり通すことができるかと自問しては踏みとどまっているようなことである。「細く長く」という皆さんのエールに応えて急激な大リニューアルはせず、淡々と細々と、私なりの考えや言葉を発信しようか。立ち止まると二度と動けなくなるかもしれない。現に詩から遠ざかると永久に書くもんかと思うことがあった。文章も自分の文体に飽きたらず、こんな下手クソな文なんか辞めてしまおうと思ったりもした。けれども、やっぱり私は書きたいのだ。それが証拠に書きはじめるとすぐに禁断症状は治まってきた。

「平成道行考」はまだ終わらない。一年かぎりになるかもしれないという思いを秘めて書き続けてきたけれど、まだ幕は下ろせない。唯一の自己表現の場を失っても費やしたいものが今のところまだ見つからない。それが見えてこないうちは、自身のためにもHPを続けてゆくべきであろう。これからも少しばかり斜に構え、はにかみながら、“目立たぬように、はしゃがぬように”、ときに時代に逆行する「時代おくれ」の水無月右近で語りたいと思う。

どうぞ皆さん、本年も宜しく御願い申し上げ候。

注:「めでたさも 中位なり おらが春」小林一茶

※小林一茶記念館のHPはこちら
http://park3.wakwak.com/~issakinenkan/index.html
※河島 英五のオフィシャルHPはこちら
http://www.amiru.net/EIGO/
2004年1月

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