「散髪屋ぎらいの散髪術」

私は髪を切りに行くのが嫌いである。嫌いな理由をいくつか挙げてみよう。

まずは美容院という場所が嫌いである。煌々と電気に照らされたところは眩しくてしかたがない。おまけにサングラスを外せと云われる。私はまるで白昼に穴から引っぱり出されたモグラのような状態になる。嫌だ。

次に鏡である。明るいところで(しかも人前で)鏡の前に座らされることほど苦痛なものはない。鏡など自宅でコッソリひとりで見るものである。顔を上げろと云われるたび、半泣きのような照れ笑いで苦痛に堪えている。嫌だ。

また、最近の美容院は総じて私には入りづらい造りである。髪のおしゃれをする場であるから、店の雰囲気もオシャレにというのはわかるが、私ぐらいの年令、しかもオトコ化した者には戸惑いがある。店もそこそこお洒落なのがよい。

美容師さんも様変りした。大型店では持つ技術のレベルによって値段が異なり、美容師さんを選べるところもあるようだ。初めての客は技術のある美容師さんが担当する。しかし二度めも上手な人にあたるとかぎらない。指名できる店もあるが、私にはそれをする勇気がない。

近頃は男性美容師さんがふえた。しかし私は女時代から男性に髪を切られるのが好きではない。(ゴメンナサイ)それは性の仕切りを外しても変わらない。店に男性客がいるのも落ち着かない。髪を洗う場所には男性がいてほしくない。その気持ちは私の中の「女」のなごりか。

これらの理由のほか私の散髪ぎらいには、幼い頃の嫌な思い出が影響している。子どもの頃、髪が伸びると散髪屋か母の行きつけの美容院に連れていかれた。私は恥ずかしがり屋であったので、その当時から鏡の前に一人で座らされることが堪えがたく半ベソであった。それというのも、その昔、理容師さん、美容師さんという人たちは、子どもに対しては容赦がなかったからだ。ジョキジョキ、バサバサ切り落とされ、カッパかコケシのようになってしまう。惨めな頭になったあと、家へ帰ると私はかならずシクシク泣いた。

切られすぎることへの恐れが私には根強いが、それは今だについてまわる。大人になってからもたびたび切られすぎて嫌な思いをしたからだ。パーマに対しても〈かかりすぎ〉の恐怖感がぬぐえない。高校を卒業してすぐ、ストレートのロングヘアにパーマをかけた。美容師さんたちは三人がかりで私の長い髪にクルクルとカーラーを巻いた。まっすぐに切りそろえていた前髪も、一本のこらずクルッと巻かれた。途中から私は不安になった。もしや…。不安は的中した。髪は全体がビヨンビヨン、前髪はクルリと上がり、私はバッハか中世ヨーロッパの貴族のようになってしまった。思い出しても悲しい。

美容師さんへの不信感は強い。それで結局は自分で切るのが一番だというところへ落ち着くのだ。中学高校時代は〈おかっぱ〉のボブで通し、いつも自分で切っていた。大人になってからパーマも何度かはかけたことがあるし、カットを美容院でしてもらっていた時期もある。けれども全体として自分で切っていた期間の方が圧倒的に長い。現在も自分で切っている。

昨年12月、出かける予定が多くあり、新年も迎えるからと久しぶりに近くの美容院に出向いた。ところが、めったやたら切られてしまい、泣きたくなった。後ろはシャギーで流れず斬切りで段になり、それと無関係にチョロリと襟足に髪が残っている。そのかたちはホタルイカかイイダコのそれである。前髪は、平和ラッパか鳳啓助(どちらも故人で大阪の漫才師)のようである。切りすぎないでと強調したのにと本当に腹立たしく情けなかった。鏡はじっと見ておくものだということか。その日からしばらくハンチングが手離せなかった。

その私の髪がやっと伸びた。そこで先日、何ヶ月かぶりに自分で切った。とてもうまく仕上がり満足している。自分の身体は自分が一番よく知っているように、髪も自分が最もよく知っている。ベテランの美容師さんなら髪の質や癖を瞬時に見てとり、つむじの位置から自然な髪の流れをつかむという。そんな美容師さんなら目を閉じていても安心して任せられる。しかしそんな方とめぐり会うのは千載一遇、とても難しいことのようだ。それならいっそ自分で切った方が安心である。

自分で切っているのだと人に云うたび「へえ」と驚かれ、ほめられる。それからかならず「後ろはどうするの?」と訊かれるが、三面鏡を使えばどの部分もよく見えるのだ。今日は特別に秘伝の術をお教えしよう。

◎右近流セルフカット術

☆必要なもの
 ・三面鏡 ・散髪用ハサミ ・梳きバサミ
 ・カット用レザー ・すじ立てぐし
 ・輪ゴム ・新聞紙 ・洗面器 ・水
 ・ビニール風呂敷またはゴミ袋(大)

1.三面鏡の前に新聞紙を敷き、丸イスを置く。

2.髪をぬらす。洗ってしまって全体がぬれると仕上がりの感覚がつかめないため、いわゆる〈なま乾き〉の状態をつくる。

3.ビニール風呂敷またはゴミ袋をマントのようにし、前で結ぶ。スーパーマンかパーマンの如くにである。切る場所に応じて回すとよい。

4.頭頂部から、すじ立てぐしで少しずつ髪を小分けしゴムで軽くとめておく。業務用クリップがあれば、なお便利であろう。

5.まず襟足にかかる髪から切りはじめる。片方の手が反対側の頭を担当する。つまり右手の担当は頭の左半分、左手は頭の右半分である。襟足には散髪用レザーを少々使うと自然な感じが出る。

6.下から順にゴムを外し、その髪を少しずつくしですくい、ハサミを持っていない方の手の人さし指と中指で縦に髪をはさんで切る。梳きバサミも併用する。こまかく念入りにするほどきれいなシャギーになる。

7.順に上まできたら、頭頂部の髪をかぶせるようにして梳く。決して切りすぎないこと。しかし切り方が少ないと後頭部に丸みが出ない。

8.いよいよサイドの部分である。私はサイドは長めで後ろへ流すのが好きなのでここでも切りすぎに注意している。くしで少しずつ髪をすくい、慎重にカットする。切りすぎると逆チューリップ、アシベ君になってしまうから、くれぐれも注意すること。

9.前髪は下ろす分だけ梳く。どちらかへ流すなら、これも切りすぎず、サイドになじませて梳く。

10.毛くずを払い、マントを外す。風呂で髪を洗って自然乾燥すれば出来上がり。

私は洗いっぱなしでドライヤーもかけない。服装も変化し、今の私は女性らしいはやりの髪が似合わない。自分で切る少々ワイルドなヘアスタイルが気に入っている。伸びれば切る。それだけだ。髪を切りに行くのは嫌いであるが、自分でする散髪は愉しい。皆さんもお試しあれ。
2004年5月


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