■No.77 『散髪屋ぎらいの散髪術』 ■No.78 『〈自分に自信のない〉君へ』
■No.79 『〈理由〉二種』 ■No.80 『言葉は武器でなく』
■No.81 『電話嫌い』 ■No.82 『手紙好き』
■No.83 『右近庵の化粧直し』 ■No.84 『創作は愉し』
■No.85 『“新たなる道行き”に出発』 ■No.86 『仏壇を買う』
■No.87 『“買物依存症”気分』 ■No.88 『加藤登紀子さん、ありがとう』
■No.89 『葬儀のかたち』 ■No.90 『“ひとり暮らし”哀話』
■No.91 『書き続けること〈宇野千代氏の文章より〉 ■No.92 『「透けてゆく人」連載を終えて
■No.93 『“うつ”との同道』 ■No.94 『「歩き遍路」への挑戦(その一)
■No.95 『「歩き遍路」への挑戦(その二) ■No.96 『元祖「水無月右近のひとり言」(その一)
■No.97 『元祖「水無月右近のひとり言」(その二) ■No.98 『セクシュアリティより今は』
■No.99 『「遍路計画」延期の弁』 ■No.100 『「ひとり言」百回御礼』

■No.1 『恋心を表すことは』
■No.3 『コーヒー譚』
■No.5 『ポール!ポール!ポール!』
■No.7 『惚れたが悪いか』
■No.9 『真っ直ぐ病』
■No.11 『幸福堂のプリン』
■No.13 『猫に鈴をつけるの巻』
■No.15 『狸の話』
■No.17 『性を同じくする人びとの愛』
■No.19 『冬を惜しむ』
■No.21 『アジを干す』
■No.23 『桜好き日本人』
■No.2 『サングラスの効用』
■No.4 『水無月右近という名前』
■No.6 『ネズミとモグラの受難について』
■No.8 『たのんまっせ2003年』
■No.10 『丸いものが嫌いな人たち』
■No.12 『超夜型人間』
■No.14 『幸福堂と旧友“D”』
■No.16 『御身も女 吾も女』
■No.18 『性同一性障害について』
■No.20 『いかなごのくぎ煮』
■No.22 『巻かない白菜と巻いた大根』
■No.24 『めざせ“脱・几帳面』
■No.25 『人生って』
■No.27 『困った“狩りの達人”』
■No.29 『性別の明記について』
■No.31 『私の病気-シェーグレン症候群
■No.33 『水色の雨合羽』
■No.35 『遁世という生き方(その二)』
■No.37 『遁世は可能か』
■No.39 『ジェンダー講座』
■No.41 『“平成道行考”舞台裏』
■No.43 『“セクシュアル・マイノリティ”について
■No.45 『うつとの闘い(その一)』
■No.47 『うつとの闘い(その三)』
■No.49 『クロのこと』
■No.26 『道行・心中・お初天神』
■No.28 『詩を書くことは』
■No.30 『わが友“膠原病”』
■No.32 『ダンス好き右近』

■No.34 『遁世という生き方(その一)』
■No.36 『遁世という生き方(その三)』
■No.38 『それがどうした短歌も良し』
■No.40 『作文講座』
■No.42 『竹内浩三という詩人』
■No.44 『夏野菜のことなど』
■No.46 『うつとの闘い(その二)』
■No.48 『右近庵猫事情』
■No.50 『詩集から出てきた手紙』
■No.51 『トランスヴェスタイトは愉し
■No.53 『“竹内てるよ”という詩人』
■No.55 『楽しかった“ひとり言”』
■No.57 『長崎は今日も晴れだった(その一)
■No.59 『長崎は今日も晴れだった(その三)
■No.61 『年頭にあたって
■No.63 『黙祷1995,1.17午前5時46分
■No.65 『長崎は今日も寒かった(その二)
■No.67 『長崎は今日も寒かった(その四)
■No.69 『クロJr.のこと
■No.71 『等身大の生き方
■No.73 『はじめてのアルバイト
■No.75 『アルバイトいろいろ(その二)
■No.52 『“怨憎詩集”完結にあたって
■No.54 『イヤダカラ、イヤダ』
■No.56 『一周年を迎えて』
■No.58 『長崎は今日も晴れだった(その二)
■No.60 『原点に戻って
■No.62 『西尾荘の若者たち
■No.64 『長崎は今日も寒かった(その一)
■No.66 『長崎は今日も寒かった(その三)
■No.68 『万年青(おもと)
■No.70 『“テンネン”讃歌
■No.72 『やはり右近は独学独習
■No.74 『アルバイトいろいろ(その一)
■No.76 『文章は胸で書くもの