線香花火


 寿司が食いたくなったが、店へ出かけるのが億劫だった。スーパ
ーの寿司で我慢するかと散歩がてら出向いてみた。遅くに行くと売
り切れていることがよくあるが、運よく二パックのにぎり寿司が残
っていた。調理は午後五時以降と大きく書かれている。鮮度もよく、
旨そうだ。最後の二パックをカゴに入れると、そばに居た店員さん
が「有難うございます」と声をかけた。彼女はにぎり寿司を除くす
べての寿司や惣菜に、半額のシールを貼るのに追われていた。
 寿司を食うから来いと女に電話すると、ほどなく女はすももを持
ってやって来た。きのう炊いた高野豆腐を冷蔵庫から出してきて、
面倒なので他には何もつくらずに、寿司と高野豆腐だけの晩飯にな
った。一つのパックにワサビ抜きのシールが貼ってあることに女が
気づいた。近頃、メガネをかけていないと、細かい文字を読む気が
しない。また台所へ行き、冷蔵庫からワサビを出してくる。
「おいしい」と女は目を細めた。この顔を見るのが好きだ。たしか
に旨く、スーパーの寿司とは思えない。機械で飯が握られているの
でなければ尚よいのだが。
 食後のデザートには盆に届いた供え物の菓子が冷えていた。案の
定、女は長ったらしい名前の、キャラメルソースの小袋がついた方
を選んだ。私はレアチーズケーキになった。最近なぜか甘い物が以
前ほど食べられない。五十を過ぎると嗜好も変わるのか、あれほど
の甘い物好きがと不思議である。
 女は菓子に付いていた小さな匙で、卵色のなめらかな物質をすく
って口に入れ、ふたたび「おいしい」と目を細めた。二匙めは私の
口元へ持ってくる。仕方なく口を開けたが、「甘すぎる」と私はし
かめっ面をした。何を食っても女はこれをする。店でも構わずこれ
をやる。ばつが悪いが断らずに口を開け、ツバメの子のように私は
食べ物を入れてもらう。そうすれば女が嬉しそうな顔をするからだ。
女というものは、おしなべてこれをする。前の女も同じことをし、
その前の女もした。妻も若い頃にはいつもした。
 ひと口もらったので、私も自分のをひと匙すくって口へ運んでや
る。みたび「おいしい」と女は目を細め、両方の美味しさについて

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