かつてこの庭で、夏には家族そろって花火を愉しんだ。若い妻、
はしゃぐ子どもたち。手に手に花火を持ち、駆け回るかれらの姿を
妻は微笑んで見ていた。危険なことが起こらないように、目を離さ
ずに見守っていた。懷しい日々が脳裏をかすめる。たしかにあれは
幸せというものだった。
 子どもたちは大人になって独立し、妻は逝った。苦労ばかりかけ
てきた妻はもう居らず、この庭に、私だけがひとり遺った。遺って
尚、私は生きている。私は今、幸せなのか。不仕合せなのか。
 悲しみではなかった。懐古でもなかった。諦念とも違っていた。
それらが重なり合ったうえに、幾つもの想いが混じり合い、感情の
横溢(おういつ)に涙した。それらを一つの言葉で表わすなら、無常というもの
にほかならなかった。

 我に返ると女が居た。女も消えてしまった花火を手にし、私の
まえに立っていた。
「大丈夫ですか」
「あぁ、大丈夫だ」
 女の手をとり引きよせた。そして抱きしめた。
 なぜこの女はここに居る。暗黒の宇宙にひとり生きているように
孤独な私を、なぜ助けにやって来た――。
 ものも言わず雨にぬれて、女は腕の中で体温を伝えてきた。

 はじめ女は自分のことを多くは語らず、しばらくは名前と年齢、
それに故郷しか知らなかった。女は私よりひと回り以上も若く、北
国の生まれだった。歳よりも老けて見えたのは、これまで女が生き
て得た疲弊のせいであるのだろう。生い立ちについて口を開くにつ
れ、女が薄幸であったことを知った。
 小学生のとき、父親が縊死(いし)をした。遊び道具を取りに行き、納屋
で発見したのは彼女だった。年頃になってから、ろくでもない男と
一緒になって一年ほどで別れるが、そのあと妊娠を知る。堕胎した
のは男の子だったという。あの男と別れて悔いは無いけれど、子ど
もは産めばよかったと後悔していると女は泣いた。その後、女は定
職に就かず、ふらふらと行きあたりばったりの暮らしをし、気がつ
けば四十ちかくになっていた。

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