「あのとき先生に必要ないと言われていたら、きっと私、死んでた
と思います。どうせ無用の人間だと思って生きていましたから」
 女はすぐに死という言葉を口にした。しかし、軽く語られるにつ
け、現実味が伝わってこなかった。
 また、当初は慎しやかで芯の強い女に見えたが、そうではなかっ
た。演じることは続けられるものでなく、じきに女は素になった。
しっかり者どころか、著しく弱い女だったのだ。感情の起伏が激し
く、些細なことでふさぎ込み、不安定になった。投げ遣りな気持ち
で生きてきた女は、軟弱な精神構造から死を弄ぶ癖がついてしまっ
ていた。ある時期から成長が止まってしまったように、女には幼い
ところがあった。簡単に死ぬと口にする者は未熟で幼いことが多い
ものだが、幼さゆえに簡単に実行してしまう危険性を孕んでいる。
生の意味も死の意味も、解らぬまま決行することがある。女が衝動
的な自死をせずによかったと私は安堵した。
 女はまた、とても嫉妬深い性分で、過去の女たちとは切れている
と話しても、まったく信じようとしない。私が一人で映画や美術館
へ出かけたりすると、きっと誰かと一緒だったと勘ぐって半狂乱に
なる。普段、自分はお手伝いだと言いながら、勝手な想像をしては
妬き、困らせることもしばしばだ。
 その幼く、悋気(りんき)の激しい女に私は救われたのだ。あの夜、この女
が現れなければ、私は誰にも弱さを見せることなく、ある日、突然、
自死していたかもしれなかった。女は私の書いた本に助けられたと
言い、私は女に助けられたと思っている。何をしても続かなかった
女は、近頃ようやく好きな職を手にし、家で機嫌よく仕事をしてい
る。私の励ましで、女は活路を開くことができた。
 女の修羅と私の修羅と。女は死なずに永らえ、私もふたたび書く
意欲が沸いてきた。幸せなのか不仕合せなのか判らぬまま、とにも
かくにも私たちは生きており、飯を食ったり庭仕事をしたり、桜を
見たり紅葉を見たり、祭りに行ったり雪見酒を呑んだりし、ときに
は相撲や芝居見物などして日々をめぐらせ、季節をめぐらせ、気が
つけば女とも三年の月日が流れていた。

「そろそろ線香花火だな」
「はい」
 女の肩を抱き、廂の下へ戻ってきた。呑んだあとの茶漬けのよう

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