ヴァニラアイスが食べたくて


 彼女は突然、ぼくに言う。
「ヴァニラアイスを買ってきて」
 そのときぼくが何をしていようとおかまいなしだ。野球やサッカ
ーを観ていても、疲れてソファで居眠りをしていても、自室で仕事
をしていても、それは唐突にやってくる。
 ぼくにだって「ちょっと待って」と言いたいときがある。九回裏
でツーアウト満塁の逆点チャンスのときだとか、ロスタイムに入っ
ているけど優勢になり、シュートがキマりそうなときなんか。うつ
らうつらと眠りにおちてしまったときや、締切りが明日に迫って必
死でキーを打っているときなども。チョコレートならあるよと言っ
てみたこともあるけれど、彼女は首を横に振る。
 ぼくはすぐに立ち上がり、コンビニへと車を走らせる。そんなと
きの彼女の顔を見たならば、ぼくでなくても誰だって、していたこ
とを中断し、すぐにも買いに行くだろう。一度ぼくは視線をテレビ
に送りつつ、グズグズ着替えをしていたら、ふたたび彼女の声がし
た。
「おねがいだから買ってきて」
 そのときの彼女の目といったらなかった。哀願するといった表現
がピッタリなほど、彼女は真剣だったのだ。それ以来、言われたら
すぐぼくはヴァニラアイスを買いに行く。
 それはたいてい夜更けのことで、彼女がなぜそんな時間に言うの
かは分からなかった。とにかく彼女の切実な願いらしいので、何を
していてもそれをやめて買いに行くのだ。買ってきたアイスクリー
ムを「ホラ」と渡すと、彼女は顔をほころばせて袋を受けとる。そ
して「ありがとう」とぼくに抱きつく。それがぼくには結構うれし
い。

「甘い飲物も食べ物も、冷たい物もあまり好きじゃないの」
 付き合いはじめてすぐの頃、彼女は言った。女の子なのに変わっ
てるなとぼくは驚いた。彼女はミルクだけ入れたコーヒーや紅茶を
飲み、ぼくはたっぷりの砂糖入りココアを好み、いろんなパフェを

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