きみの部屋


きみの部屋にはじめて行った
カフェオレを淹れてくるわと
きみは照れて出ていった

きれいに整頓された小さな部屋で
ぼくはひとり所在なく
きみのベッドに寝ころんだ

音もたてずに白い猫がやってきて
ぼくの腹の上に乗る
撫でてやると喜んで
のどを鳴らして目をとじた

きみの香り仄かにただよい
ぼくも目をとじ息を吸いこむ
目をあけると枕の横に
ぼくが貸した本が二冊

ベッドのわきに低い本棚
その上には笑っているぼくの写真
壁には揃いで買った陶器のプレート
ほんとはそれは鍋敷きなのに
籐の整理箪笥の上にあるのは
ぼくが課した漢字ドリル

部屋の隅
ぼくの庭に咲いた紫色のグラジオラス
一輪挿しになっている藍色のその瓶は
去年の夏にやっぱり揃いで京都で買った
これにはうまい大吟醸が入っていた

おそらく
何通ものぼくの手紙
何編ものぼくの詩や
誕生日にあげた時計
万年筆やイヤリング
ブレスレットもネックレスも
夢風船に乗って行ったハーブ園
いるかの曲芸を見た水族園
美術館や映画のチケットの数々も
そして
から揚げを食べていて欠けたぼくの歯
「抜けたわよ」と言ってつまんでみせた
一本のぼくの白髪にいたるまで
この部屋で息をしているにちがいない

それらに包まれ抱かれて
ぼくの空気で満たされて
ぼくの色でこの部屋を染め
ぼくのことだけ想いつづけて
君はここに居るんだね
ぼくの色ときみの香り
まじりあって溶けあって
せつないほどにいとしくて

「できたわよ」
猫をおろしてキッチンへ行き
恥じらうきみを抱きしめた
ずっと放さないからね
そのあとそらとぼけた顔をして
きみが淹れた熱いカフェオレを黙って飲んだ


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