夏の一日


鼻歌を唄いながら
あなたが台所で皿を洗う
風呂場でタイルの目地を磨く
炎天下の庭で雑草を抜く

時おり指示を仰ぎにくるので
アイスノンを耳下腺からはずし
ぼくは力なくそれに答える
「はあい」とあなたは返事をして
バタバタとまた持ち場に戻っていく

家事に汗するあなたを見ていると
ぼくはこよなく幸せだ
時間はゆるやかに流れ
懐かしいものに触れたような気がする


これはたしか 母――

ぼくの母もあなたのように
丈夫で明るくふくよかで
くるくるとよく働く女だった

今はすっかり痩せて小さく
心の病で笑顔も見せず
言葉もすべて失った

あれほど好きな演歌も唄わず
ひたすら目を閉じ暗闇に棲み
孤独の世界をさまよっている


ぼくは甘えん坊の末っ子で
いつも母のあとをついてまわり
姿を見失うとまるで
サバンナではぐれた赤ちゃんヌーだった

恥ずかしがり屋だったぼくは
上目づかいで世間を眺め
割烹着の端を握りしめては
その裏へ隠れてしまおうとしたものだ


あなたを見ていると
もう一度
若き日の元気な母が
ぼくに与えられたような
そんな錯覚をおぼえてしまう

働くあなたの姿は 母――

「いい子ね」と
微笑みかけて頭を撫でて
ぼくの手を引き子供の頃へと連れていく


蝉時雨とあなたのサザン
せつなさと幸せと
かわるがわる感じている夏の一日
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