桜の精


うららの春にひとり酒
なまぬるき風吹く妖しき宵
桜色の衣まといて天女のごと
あらわれし女の美しき


いづくより来たりし女
我なぐさめんと酒をつぐ
その手首の白きこと雪のごと
ほそきこと柳の枝のごとくなり

名を訊ねども答えずして
ほほえみて物語などするばかり
我のすすめる酒杯とりて
紅きくちびるよりさらりと呑まん

女ほのかに頬そめて
はやり歌など口ずさみ
その声あたかも鈴をころがすよう
時の過ぎるを忘れて酔いしれん


しなだれて 女
我を惑わすそのしぐさ
寝みだれて 女
心みだすは花びらの褥

あつき肌もえ桜色にそめ
お慕い申しておりますと
あえぐ吐息のきれぎれに
囁きし声のかぼそさよ

咲きみだれて 花 さくら
乱れそめにし 花 さくら
これが一期の夢ならば
せめて名だけを告げてくれぬか


    




わたくしの名は桜 さくらにて
この木の根もとに棲みし女
貴方様に愛されたいと
一期の夢を見つづけて候ふ

今宵あまりに貴方様が愛しくて
地中より這いいでまして
おそばに参りしこの無礼
どうかお許しくださいませ

咲きみだれて 花 かなし
乱れそめにし 花 かなし
今宵そなたを散らそうぞ
ともに散るも悔いはなし


うららの春にひとり酒
杯の海に浮かぶは 桜
おぼろ月も映りてゆれて
桜ひとひら残り香ゆれて



*褥(しとね) …… 寝る時に敷く物













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