【まえがき】

これは2001年から2002年にかけて私が初めて書いた恋愛長編小説です。右も左もわからないまま勢いだけで書き進み、どうにか完成にこぎつけたものです。しかし、登場人物を通して真剣に人を愛すること、真摯に生きることの尊さだけは表現できたのではないかと思っています。嬉しいことに評価をいただき、このたび出版の運びとなりました。この小説をご愛読いただけましたら、この上ない喜びです。

安孫子 良
          
【あらすじ】

平凡な女子大生ナオコは、ある夏の日、病院でひとりの人物に目を奪われる。その人物リュウは揺らぐ性を持ち、人にも社会にも心を閉ざして生きていた。ナオコはその人のために何ができるかと考え、生涯をリュウに捧げようと決心する。自分の特殊な人生に巻き込むことを躊躇するリュウも、やがて心をひらき希望を見いだす。ふたりの先に待っていた運命は・・。
 
※この物語はフィクションです。




透けてゆく人 第一章

 その人をはじめて見たのは夏の盛り、七月末のことだった。
 国立M病院の内科待合には、船の客室のように同じ方向にむけて数脚の長椅子が並べられていた。その人はちょうど中ほどの椅子にすわり、無心に本を読んでいた。
 向かい側にある整形外科の待合には、壁にそって三脚ばかりの長椅子が並んでいた。そこにすわり、私はその人の斜め前からじっと見ていたのだ。
 見つめてしまったのにはわけがあった。その人の性別がわからなかったからだ。そしてとてもきれいだったからだ。無造作に分けた黒髪のショートヘアにサングラス。頬はそげていて男っぽい。しかし顎の線は女性的。髭はなく、唇はすこしだけ色づいて見える。ベージュのシャツに臙脂(えんじ)色のネクタイ、生成りのカジュアルな麻のスーツ。靴は茶色のローファーで踵は3cmくらい。アクセサリーはつけていない。腕時計もポーチも男物のように見える。
 上着で胸のふくらみがたしかめられず、脚を組んでいたのでズボンの前からも判断できない。その人の性別を知る手がかりを探そうとしたけれど、決定的なものが見あたらない。

〈きれいな人。男か女かわからないけれど〉

 透きとおるように美しいその人を、私は失礼なほどながめていたのだった。


この続きは、10月の出版をお楽しみに…