集まれ テンネン!

私はテンネンであるらしい。そのことは2004年3月にも「ひとり言」で告白している。(水無月右近のひとり言 No.70) その後、テンネンに関して新たなる発見をした。テンネンはテンネンのところに自然に集まっているということである。今日はそのことについて語ろう。

私がテンネンであると言われることについては、いくら否定してもニコニコ笑って「その通りです」と返ってくるだけなので、敢えて反論はしない。多少は腑に落ちないが弁明も釈明もするまい。ところが、である。気がつけば、この人もだと思う人たちが私の周りにふえている。今から私は愛をこめて、その人たちのことを書いてみたい。

それらの方々は、ありがたくも私にメールをくださる人たちである。テンネンの私に、みずからがテンネンであることをご存じなく、いつも温かいメールをくださるサイト支持者の方々なのである。したがって私のこのような不躾(ぶしつけ)な行いも、きっと許していただけるものと信じている。尚、プライバシーの問題上、姓名のいずれかのイニシャルで表記させていただきたい。読まれて自分だと思われれば、笑い転げていただくか、「一緒にしないで」と怒っていただくかのどちらかを選ばれたし。

Yさんは私に直接「透けてゆく人」の購入をメールで申し込んでくれた人である。それ以前もその後も、見ず知らずの人がサイトから購入してくださることは無く、あの時の驚きは今でもはっきり覚えている。そのことはすでに述べた。(右近的思考 No.16No.17) Yさん曰くサイトから察するに、私がヘンな人でないと判断したとか。私も最初から実名で来られ、住所も明らかにされるので、ヘンな人ではないとすぐに判った。それからYさんとメールのやりとりが始まった。

Yさんは、よく笑う。笑わせるつもりなどなく話しているのだが、受話器のむこうでコロコロと、いつも笑っておられる。何がそんなにおかしいのかなと思うほど、よく笑われる方である。そこへ私のバカでかい笑い声が混じり、会話より笑っている時間の方が長い。そのYさんに「私はテンネンですか」と尋ねたことがある。「そうですねぇ…」と云ってあとは笑い声になった。あの、Yさん、あなたもなんですけど。お判りになっていないようですが。だっておそらくあなただけだと思います。ヴァニラアイスに本当のビー玉が入っていたと思われたのは。あの懐しの、縁日で飲むラムネじゃぁないんですからね。それはともかく、更新のたびに真っ先にご意見やご感想をありがとう。そのことがどんなに嬉しいかあなたはご存じでしょうか。

Tさんは、私を救った貴重な人である。発信すれど何の手応えもないことに少々ふてくされていた時期に、剛速球を投げ返してくださった方である。この方も二度めの登場になる。不特定多数の方々に向かって愚痴ったのであるが、あのときTさんはひどく自分を責め、今まで何も云わなくて申し訳ありませんとメールをくださった。うむ。そこまでマトモに受け留めていただくとは思わず、ボヤいたことを後悔したのであった。

それ以後Tさんは間をおいてぽつりと面白いメールをくださる。帰省する直前やマラソンに出場する前日か当日に送信してくださるのだ。ちょっとした行き違いから電話で話した方がということになり、二度ばかりお話しさせていただいた。非常に恐縮されたような話しぶりは、メールでの大胆な発言との間にギャップがあった。最近のメールでは私を大いに笑わせてくれた。先月末に登録者の方々に送ったヴォイスメールの感想である。「『好きや』と連発して、あなたはいったい何人の女性を泣かせるつもり?」とあった。いえ、Tさん、いちばん短い詩を選んだら「あかんねん」だっただけのことで…。不特定多数の皆さんを一気にクドこうなんてそんな大それたことを、め、滅相もありませぬ。

Rさんも二度めの登場である。私の長女や教え子たちと年が変わらないこともあり、生徒感覚でメールをやりとりし、電話でも話す。「です、ます」ではなく、友達と喋るような、いわゆる“タメぐち”で話すのはRさんだけである。初めのうちその喋りに慣れずに困ったが、しだいに慣れてしまった。だが、たまにそのことが気になるときがある。しかし最初にそう導かなかったのであるから、私の責任でもある。だが、ご自身みずから仰るように“タメぐちタメ子”を容認してしまうと、戸惑うこともある。やはり年長の者からみれば、それなりのもの云いが社会人として必要だと心配になってくる。

だがRさんは、へこたれない。教え子に注意するように言葉やいろいろなことを遠慮なく注意させていただいたが、思いのほか打たれ強い。これだけ云うと誰だって傷つくかと思うほどの注意を与えても、しおらしい返事が来る。けれどもしおらしさはどこへやら、いつのまにか元の喋りに戻っている。しかし不思議なことに、Rさんとはそっちの方がやりやすくさえ思えてきた。改められると彼女ではないような感じさえする。だからもうこれでいいのだと、また私はバカボンのパパになる。それに彼女のアッケラカンとした言葉遣いは私を若返らせてくれる。願わくば彼女が私以外の年長者の方々に、ちゃんと話したりメールを送ったりできていますことを。

Kさんは熱心な支持者のS君からの紹介でサイトを知っていただいた。ケイタイでご覧になっているKさんは、仕事帰りの帰途で私のサイトにアクセスし、詩や文やトークを読まれるとか。そしてKさんもYさんとおなじく、書いたものに対する嬉しい感想をくださる。その文が何とも粋で飄々としている。それだけではなく、ご自身で描かれた絵や、道に咲く花、訪れた場所の写真を送ってくださる。右近庵からほとんど出ない私には、東京の街の様子は興味深いものである。添えられてある言葉も嬉しい。

そもそもKさんのことは共通の友人を介して知った訳であるが、ちょっとした言葉の行き違いで、そのS君からの連絡は途絶えてしまった。中に入って私の意向を伝えてくださったのがKさんであった。しかしながら私からの歩み寄りも虚しく、S君との関係は未だ改善をみない。Kさんとはその頃に一度だけ話した。気配りのできる気風(きっぷ)のいい大人の女性で、酒もタバコも愛する姉御肌の方である。縁というものは、結べば互いに気遣いながら、切れないように育てるものである。Kさんからの嬉しい言葉や画像を目にするとき、ふとS君のことにも思いを馳せる。私はS君が軟化するのを、まだあきらめてはいないのだ。

Oさんは「愛別離苦」から来られた方で、メールのやりとりから始まり、電話でも話すようになった。私は自分の通ってきた道を遅れて歩んでおられるOさんが不憫でならなかった。先輩ヅラしている私も、同じ時期には思い出すのも辛いほど苦しみと闘っていた。お気持ちがじゅうぶんすぎるほど分かるので、メールを読むたび胸が痛んだ。私もそうであったように、日によって、あるいは一日のうちでも時間によって喪失に向き合う感情は異なる。人からの心無い言葉に傷つくことだってある。Oさんはそれらと懸命に闘っておられるのだ。

メールや電話でのOさんは、悲しみも思い出もあふれるように語って少女のように愛らしい。だんな様とラブラブで長い年月を過され、突如としてお一人になられた。悲しみのほか戸惑いも隠しきれないご様子だ。すっかり落ち着いて見えている私のようになれるのを信じて頑張ると仰っている。私が勧める本やものの考え方、果ては私も初心者なのにパソコンのことまでも、熱心に耳を傾けてくださる。きっとだんな様は彼女のことが、とっても可愛くていらしただろうと思う。そのOさん曰く、だんな様は自称ロバート・レッドフォードでいらしたとか。なんと、それは男前。私の大好きな俳優の一人である。ところが次の電話で高らかに仰ったのだ。「あんなに言ってたから検索してみたら、ぜぇんぜん似てないじゃないですか!」。私がどれだけ笑ったかお判りだろうか。失礼なほど大声で、涙腺も潤うほどに、しばら〜く笑い続けていたのであった。大切な人を亡くした同士、悲しみだけではなく、笑いも分かち合うのである。

これらの方々には共通点がある。それは恐ろしいとか気むずかしいと思われがちな私に、メールをスコンとくださるという共通性である。その通り。皆さんテンネンであらせられ、緊張感をもたずに接してくださる方々なのである。私にとっては数少ない貴重な存在の方々である。限られた原稿の枚数では、それぞれの方々の素晴らしきテンネンぶりを描ききれないのが残念である。しかしテンネンと云われる私が証明するのであるから間違いない。これらの皆さんは確実に高テンネン度である。私がテンネンなのだそうであるから、Birds of a feather flock together. つまり“類は友を呼ぶ”のであろうか。

自分のことに話を戻そう。たしかに私は元からのところへ今の生活になって、テンネン度が急上昇したように思う。ネコと話し、カエルに話しかけ、ゴソゴソとひとりで何やかやとこなし、ブツブツとひとり言を云い、人間と話す時間が短くなっていることと関連性があるのかどうか分からないが、ヘンな人になってきているような気もする。だが、そういった生活面に起因することよりも、私の一番のテンネンの核心は、やはり書く事に関してであろう。書くことはどうしようもなく自分を晒け出してしまうことである。隠しようがないのである。それが分かっていながら飽きもせず、性懲りも無く、硬いことも軟らかいことまで、のべつまくなし書き続けているこのクソ度胸。ときどき急に「恥ずかし・・」と思うことがあるが、やめられない。書きたい私は生まれついての真性テンネンなのであろう。だからこそ書けるのかもしれない。

テンネンはテンネンを呼ぶ。私はテンネンの旗を大いに振ろうと思う。いざ集わん、我こそはテンネンなりというご同輩。さあ、“テンネン”と染め抜いた右近の振る旗の元へ集まって来られたし。酒でも酌み交わし、いざテンネン比べでもいたしましょう。

2007年6月15日 

         
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