「平成潮時考」(その5) 『2008.1』

2008年が明けたと思ったら、1月も下旬である。年末だ正月だと世間が狂奔していたのが、ついこの間のことのように思える。このシリーズは昨年末に終える予定であったが、うだうだと喋ってばかりいて原稿用紙と時間が不足し、年越しになってしまった。

五年間に私の状況は大きく変わり、私自身の考え方や生き方も変化したことはすでに述べた。大きな出来事が起こらなくとも五年という歳月は人を同じ状態に保たない。したがって、当時の私ではない私が同じ形で「平成道行考」を運営するのは難しくなった、というところまではお伝えした。しかしながら閉じるには忍びないともお話しした。では、今後はどんな形での運営が可能か。問題はそこである。その方法を模索してきた。一応の結論を得たが、それをお話しするには先にこれからの私の生活について述べなければならない。

ここ数年、私は仏教に接近したこともすでに述べたが、昨年あたりから正式に仏教を学びたいと考えるようになった。だが、一口に仏教といっても様々な宗派があり、どこから入っていけばよいのか判らない。婚家が禅宗の曹洞宗であるので、おのずからそこが入口となった。そしてHiroshiの没後から何度となく口にしてきた「般若心経」と座禅に出会うことになる。

初めは意味も解らず誦んでいた「般若心経」だが、そのうちに僅か267文字の短いお経が偉大な経文であることが判ってくる。そしてこのお経の意味が知りたくなった。折しも世相が荒み、心の安息を求める人々がふえたせいか、難しい専門書ばかりでなく易しく説明した本も書店に多く並んでいた。2冊ばかり買ってきて読み始めると、これがなんとも面白く、というと語弊があるが、興味深く読み進んでいった。そうして「空」の思想に魅せられてしまったのである。「色即是空」という言葉の深い意味を知ると、それまでの悲しみや苦しみなどのマイナス感情が消えていき、穏やかな気持ちになるようであった。座禅の方はまだまだ修行が足りず、雑念が多くて未だ無心になって瞑想するに至らないが、目を閉じて座っているだけでも心が落着き、安らぎが得られる。

このようにして私は脈々と続いて人々を救ってきた仏教という壮大な思想を学びたいと考えるようになった。では、どうやって学ぶか。僧になる方法も調べてみたが、病弱系の私には体を使っての修行が無理だと諦めた。だが一足飛びに坊さんになることを考えなくても、まずは学ぶことだと思って学校を探すことにした。坊さんの学校は数々あれど、これも通学する体力が無い。そこで通信制の大学である。通信で坊さんになるコースもあったが、仏教を軸にものごとを考える生涯学習的なコースもあった。これだと思って早々と手続きをして入学金を振り込み、あとは授業料を振り込むばかりとなった。

話は変わるが、私は30代の頃に通信生であった時期がある。若い頃は芝居に打ち込み、勉強をちっともしなかったので学び直そうと英文科に入学したのだ。次女はまだ保育園児であったし、家事や仕事で忙しいなか、せっせとテキストを読んではレポートを書き、試験を受けたりスクーリングへ出かけたりした。若くて元気であったから、あんなことが出来たのであろう。しんどかったけれど充実した楽しい日々であったことが懐かしく思い出される。ところが塾の生徒はふえるばかりで仕事に追われる超多忙な日々となり、あえなく途中で投げ出してしまったのである。修了に至らず退学届けも出さなかったから、除籍になっているはずであった。

このたび故あって、そちらの学校に連絡を取り、成績表・履修表を取り寄せた。初めて見る成績表であったが、これが意外にも好成績で気をよくした。勉強とは、したいと思った時に一番身につくものである。シェイクスピアのソネットなどは、「透けてゆく人」でイギリスかぶれのリュウが薀蓄を傾けるのに役立った。すでに95単位を取得しており、あと30単位ほどで修了できたのにと今頃になって後悔した。もう少し頑張ればよかったなぁ。しかし我が塾の生徒数は70人にまで膨れ上がり、少人数での指導に徹していたからそれを崩さず、そのために膨大な時間を仕事にとられた。やはり学習継続は無理であったかもしれなかったが、せめて退学届けくらいは出しておけばよかった。

投げ出した後悔はすぐに「やるぞ」に変わった。あと30単位くらいなら今の生活では楽勝である。英米文学と仏教と、二足のわらじを履いてやる。そう決心したのである。だが血気盛んに決意を固めたのも束の間、その学校の入学案内に目を通すと、なんと重籍は不可と書いてある。が〜ん。ショック。W通信生にはなれないのであった。どちらかに決めなければならない。うむ、究極の選択である。私は考えた。そして考えに考えた結果、英米文学を先に修了することにした。こちらが好きだというのではない。むしろどちらかと言えば、すぐにでも勉強をしたいのは仏教の方である。それに英米文学の方の学校はパソコン学習をスクーリングに代替するやり方ではないので、3教科ばかりは出向かなければならない。あの頃スクーリングは楽しかったが、今の私の体で受講が出来るかどうか不安である。

しかし私は先頃、今後の課題の一つに「これまでの人生の後始末をする」という項目を加えた。やりっぱなしになっている事柄を一つずつ片付けていこうと考えている。学問も学校も逃げていかない。まず未修了のままにしている方から終えるべきであろう。ものごとには順序がある。また、復学に際しては単位修得そのものが目的だと思わずに、楽しんで学びたいと思っている。さいわい好きな文学である。いくらでも学べそうである。久しぶりにアチラの文学に触れたなら、アソビで書いている素人小説にも新たな色が加わるかもしれない。

仏教では目に見えるものや事象は、すべて関係しあっていると考える。これを因縁と呼ぶ。仏教を学ぼうとしていた私が、手続き後に英米文学に変わってしまったことも、私の過去の諸事情と知らぬまに関連付けられ、縁に導かれて一度投げ出した学校に再び向かわせたのであろう。思い起こせば、たしか一回目の卒論の計画書を提出した後、教授面接や指導のために足しげく通わなければならないと判って腰が引けてしまったのであった。仕事の方も手抜きなどできず、アップアップで放棄するに至ったのだ。まず、この後始末からしなければなるまい。

だからといって仏教から遠ざかるのでは無い。今や仏教聖典を声を出して読み、般若心経を学んで誦むのは私の日課であり、仏教的思考は生活哲学となってきている。学ぶなと言われても学ぶであろうし、誦むであろう。無事に英文科を修了した後は晴れて仏教を学ぶつもりである。だが二年先のことは誰にも判らない。体や心がどんなふうなのかは今の時点で知ることは出来ない。諸行は無常なのである。二年後の私はどうなっているのか判らないので、そのことにとらわれず、あくまで現時点での希望的観測としておこう。

気がつけば、道行考のことを少しも語っていない。それなのに原稿用紙はもう7枚まで来てしまった。今回もシリーズ最終回に出来なかった。道行考の今後のことを気にかけてくださっている皆さんもおられることであろうに誠に申し訳ないことである。追って(その6)を書き、今度こそ道行考の今後について語りたい。しばしの間お待ちくだされ。寒さ厳しき折から、皆さんお風邪など召されませぬように。

                              (つづく)

2008年1月27日 

         
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