不調の春

近頃持病の諸症状が強くなり、とみに弱ってきている。それもそのはず、もうすぐ発病から十年になる。

たびたび不調になるのもここ2〜3年のことである。不幸なことが起きたあと、体調に気が回らなかったせいか、今頃になって体がひどく弱ってきていることに気がついた。目覚めると全身がだるくて起き上がることができない。目覚めて一時間以上は布団の上で関節を動かしたり、筋肉をほぐしたりして起きる準備をしなければならない。猫に起こされるなどして睡眠不足であると、さらに体調は悪く、気力をふりしぼって起き上がるも一日じゅう不調である。起きた時すでに手足の指がレイノーになり、しびれがきて変色し、感覚がなくなっている時もある。

今月に入ってから特に調子が悪く、小説は中断したまま少しも書けなかった。焦りが募るばかりである。春先はいつも調子が悪いが、今年は特に良くない。調子の良い日がほとんどないのだ。これはなぜか。それにはいくつかの理由がある。今年は少ないが花粉が舞い、春風が埃を運び、黄砂まで飛んで来た。そのため用があってほんの短い時間だけ外出をしただけで、すぐに目が充血してゴロゴロとした不快感に悩まされる。ひどくなれば痛みを生じ、角膜に傷がついて目を開けていられなくなり、つらい思いをする。

口腔の乾燥は唾液が出る薬を服用し、水分を常に補給することでいくぶん緩和される。唾液の不足は舌や歯に雑菌がつきやすく、歯みがきやうがいを何度もしなければならない。怠るとすぐに虫歯ができ、のどに炎症が起こる。鼻腔の乾燥もつらい。目覚めると渇いてキンキンと痛いのだ。ぬれタオルで口や鼻を覆ったり、マスクをかけて自分の息で湿気を生じさせて乾燥を防がなければならない。乾燥のために風邪の菌が口腔や鼻腔につきやすく、それを洗浄して落とさなければ菌に負け、気がつくと感染しているのである。

目や口、鼻の乾燥もつらいことであるが、最も困っていることは倦怠感である。一日に何度もだるさが突然に襲ってくる。そうなると、もう横たわるしかない。動くことができないのだ。目を開けても閉じてもだるく、話すことも億劫になる。とにかく横になっているしかないのである。こんなことが度々あると、書くことも、片付けも庭仕事も中断し、安静にしなければならない。すると、その時間が無駄だと考えてしまい、気持ちが下降する。

昨日、あまりに体がだるいので、改善される方法がないかとネット検索をしてみた。シェーグレン症候群のサイトは多いけれど、だるさに効果的な薬もケアの方法も見つからない。ところが、日常生活にいろいろと支障があるシェーグレン症候群と「うつ」症状は密接な関係があることを指摘しているサイトがあった。腺と神経と脳の三者の働きが重なり合って分泌の調節を行っているのだという。そう云えば、私は発病前は外出をよくしたし、いつも前向きで仕事に精を出したが、発病後は一転して外へ出るのも人に会うのも億劫がる人間になってしまった。これはやっぱりシェーグレン症候群と関係があったのだと知り、「どうりで」と寧ろホッとしたのであった。この地味な病気がいろいろな角度から研究され始めたのは好ましいことである。

昔の私や数年前の私を知る人には、今の私が想像つかないであろうが、気力も体力も本当に弱りきってしまっている。特に精神的なストレスには、まったく弱くなった。人と会わなければならない、用事で出かけなければならない、しなければならないことが沢山あると負担を感じた時、それだけで目や口の渇きがひどくなり、無事にそれらを済ませたあと、ドッと疲れが出て寝込んでしまうのである。心身ともに無理がきかなくなってきており、何も拘束されるものがないと気持ちは穏やかで体調も良い。そんなふうに私の体はなってしまったのである。

この時期には特に不調だが、それには理由がある。春が私には不都合な気象条件であるほか、精神的に大きな負担を感じさせるのが庭である。なかでも芝生が重圧を加えている。起きて庭を見るたびに芝に雑草がふえているからだ。手で抜くしかないということなので、ムキになって抜くのだが、抜いても抜いても追いつかない。毎日書けなくなるほどくたびれてしまうのだ。花と野菜だけならずいぶん楽で、私の体力ではそれが精いっぱいである。Hiroshiの敷いた芝を何としてでも守りたいと思って頑張るが、紫外線もつらく目も風に弱く昼間の屋外作業が夜には体にこたえ、草抜きから逃げてしまいたい気持ちになってしまった。精神的・肉体的限界だと感じ、今日、業者に芝の年間維持を依頼した。すると気が楽になった。

そんなふうであるから家の中の片付けも、てんではかどらない。モノをふやすだけふやしてサッサと逝ったHiroshiの遺品の整理や、その他の家の中のいらないモノ。まったく片付けなかった数年間を経て、どこを見てもイライラするほど家の中は荒みきっている。少しずつ片付けようとしているが、すぐに疲れて進まない。ゆっくりでいいと自分に言い聞かせるのだが、いつまでもスッキリしない家の中に苛立つのである。今までモノを減らすことを怠けていた分、一度に回ってきたツケに頭を痛めている。

自由に動けて、したいだけ庭仕事や家の片付けができたらどんなにいいだろうかと思う。行きたい時に行きたい所へ行けたらどんなに楽しいだろうかとも思う。しかし今の私は出かけるのも人と会うのも思うにまかせず、せめて家のことが何でもできて、心地よく書けたら満足なのだ。進みつつある症状にうんざりさせられながら、病気と仲良く日々を過すしかないのである。ゴーグルにマスクといういでたちで外出でもするのが良いのだろうが、あまりに突飛なこともできまい。病気を受け容れようとはするけれど、夕食の片付けもできないほどに弱っている体には、ほとほと困り果てている今年の春である。


参考:「脳」「神経」「腺」の関連でシェ−グレン症候群を捉えた病気解釈
   http://web.kyoto-inet.or.jp/org/utano/yanagi5.html



2006年4月28日 

         
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