誉めて伸ばす

縁あって地域に住む中学生の学習指導をしている。むろん仕事ではない。

中学校入学を控え、前もって英語を習っておきたいというのが依頼のきっかけであった。センセイ業なら昔とった杵柄(きねづか)である。わかりましたとばかり引き受けることにした。それは春先のことで、まだ自分が頼りなく、何かをする方がよいと考えたからでもあった。ところがフタをあけてみれば、大変なことを引き受けたことを瞬時に悟ったのである。かれらは所謂“低学力児”なのであった。

どの教科にも云えることだが、初めて習った時にその教科を好きになるか嫌いになるかは決まってしまう。英語という教科は、それが特に著しい。つまり初めて当たった先生の教え方がウマいかヘタかが、大げさに云えばその子の英語人生を決定してしまうのである。Hiroshiは学校の英語の先生に前へ出て黒板に英作文を書けと云われつづけ、英語が大嫌いになってしまったと云っていた。それは不運なことであった。私の任務は重大である。

その中の一人であるA君は、とりわけ学力が低い生徒である。意欲に欠け、落ち着きもない。私の長いセンセイ人生のなかでも遭遇したことのない手ごわい相手である。この子を伸ばすことができれば初めてセンセイをしていましたと胸を張って云えるのではないかと思える逸材である。頑張らねばと奮起した。

そのA君には勉強に必要なものを忘れず持ってこさせることから教えなければならなかった。必要なものがいつも何か足りない。教科書や辞書、ノートやワークがなければ勉強はできない。家を出る前に鞄の中をのぞき、「教科書アリ、辞書アリ」というふうに声に出して必要項目を書いた紙を見ながら確めるようにさせることにした。

宿題をぞんざいにしてくることに関しては、消してもう一度やり直させることにした。手を抜くとかえってあとでシンドイのだと体で覚えさせるのがよい。家ではたるみっぱなしのようなので、宿題は多くを出さないことにした。既習事項の定着を宿題でさせるのがA君には不向きである。

“英語を”と請われて始めたことであるが、国語力が極端に低いため、英語よりやるべきことがまずあった。ローマ字を書かせようとするのだが、問題の漢字が読めなかったり間違って覚えて正しく読めない。たとえば体育を“たいく”、授業を“じぎょう”と思っているのだ。国語も放っておけない、いや、国語が先だと思うので、さっそく漢字問題集を与えて書かせてみると、目もあてられない状態である。読めない。そして書けない。苦しまぎれに書いた見たこともない造語が、そこここにある。テキトーに作って書いてA君はケロリとしている。

国語力の低下が叫ばれて久しい。A君ほど未習熟な生徒が居るのかと知ってため息がでる。けれども当の本人は、いたってよく喋る子で“国語”に何の不自由も感じていないのである。これでは先が思いやられるとばかりA君の国語力アップ作戦を企て、実践することにした。毎回毎回、これでもかというくらい漢字を書かせ、書けなかったものは徹底的に国語辞典を引かせ、くり返し書かせた。娘たちが昔に読んだ本を出してきて読ませた。初めての読書は面白かったようだ。

得意だと胸を張っていた算数もマユツバである。それが証拠に分数の計算をさせると、分母どうし、分子どうしをそのまま足したり引いたりし、これもケロリとした顔で「できた」と持ってくる。最大公約数も最少公倍数もへったくれもない。計算の仕方までマイペースなのである。社会や理科のノートには、ほとんど何も書かれていない。読めない字のなぐり書きと怪し気な絵があるばかりである。授業中はいったい何をしているのだろうかと首をかしげてしまう。

しかしこのA君、中学入学後のある日、ニコニコ顔で私に云った。「机」とローマ字で黒板に書きなさいと当てられた。前へ進み出たA君、自信たっぷりに書いてみせた。先生は「ヘボン式で書けて大変よろしい」と誉めてくださったということだ。(私はかならずヘボン式で教える)ローマ字だけに一ヶ月半かけてよかったと思った。そのA君、ローマ字を叩き込みすぎたのか This is a bukku. と書いてくれることもあるが、最近になってやっと英語とローマ字の区別ができてきたようだ。よかった、よかった。

聞いてみるとA君は勉強で誉められたことがないという。それどころか小学校では“できない”ことを笑われ、クラスでたびたびバカにされたのだと涙をポロポロこぼして口惜し泣きした。先日も中学校でからかわれ、カッとなって国語の教科書を数枚ばかり破ってしまった。お母さんは「だったらすればいいのに、しないんです」と嘆く。それはそうである。たいていの低学力の子は小学校低学年のうちにつけておくべき学習習慣が身についていない。したがって自主的に机に向かうことは皆無であろう。しかも中学生になった今、反抗期に入りかけている。ますますもって母親の「勉強しなさい!」は馬耳東風なのである。

そんなA君に“やる気”を起こさせる方法はただ一つである。それは「誉めること」である。文字をていねいに書いていたら「きれいに書いたね」と誉めてやり、練習問題は、できなかった部分を指摘する前に、できている部分を誉めてやる。たるんでいて何も誉めてやることがない場合にも「おっ、散髪したな。男マエ」と誉めてやり、着ているTシャツが似合っているねと誉めてやる。まず気持ちよくならなければ、人間は意欲など湧かないものだ。

A君にかぎらず私たち人間は、いや動物たちだって、いつも誉められたくてしようがない。「ありがとう」と云われて怒る人がいないように、誉められて怒る人はいない。誉められれば犬も猫も目を細め、花だってきれいに咲くものだ。とってつけたお世辞やお上手を云うのではなく、思ったことを素直に言葉にして誉め合うことを、日常生活で私たちはもっとするべきだと考える。(その点は誉め上手なアメリカ人を見習うべきか)私の周りの“誉め上手”な人は、イイお母さんだったり、ステキな人であったり、コミュニケーションの達人でもある。もっともっと互いに誉めあうことを提唱したい。大人だってまだまだ伸びるのだ。

誉められたことのないA君は、誉められる喜びを知った。最初よりはやる気を起こし、真剣な表情で問題に取り組んでいる。怠け癖は一朝一夕には無くならないが、家でのテレビ、ゲーム、漫画に費す時間は確実に減ったらしい。勉強をがんばってバカにされないようになるのだと、たびたび口にしては私をホロリとさせる。そのつど絶対に伸ばしてやるぞと私も一緒に心に誓うのである。

そのA君が中学校での初めての中間テストで、それなりの結果を出した。英語・国語が70点台、数学が60点台、手伝わなかった理社が50点台と30点台ではあったが彼にすれば鼻高々の点数であり、胸を張って報告した。学年全体の三科平均、五科平均より少し下回ったが彼は大満足なのであった。もちろん大いに誉めた。なんでも彼の親友に勝ったとかで、さらにご機嫌である。しかしそれで満足してはいけないと釘を刺しておいた。

センセイになる日の私はイキイキしている。五年ぶりの復帰である。教えたあとはドッと疲れが出てしまい、翌日に影響することも多いが充実感がある。思えばこんなことを私は長い間していたのだ。しかも何十人という生徒を相手に、ひとりひとりを伸ばすのだと肩に力を入れ、シンドイことに孤軍奮闘していた。今ではなんだか信じられず、よくやっていたものだと思う。

A君を含めて低学力三人組が正式に私に教えてほしいと望んでいる。今はそれを仕事にしていないのでと逃げているが、コレもいいか、やっぱり向いているのかな、またやってみようかとチョットばかり思っている。怪しげな素人モノ書きより、こっちの方がよほど社会に貢献できるような気もするし、常に前向きニンゲンでいられそうだ。

近頃は、ひとりになった残りの人生をどう過ごそうかと考えることがある。しばらくは書いていたいが、書きくたびれた時や筆を折った時、“センセイ復帰”もあるかもしれない。その時には低学力の子限定の寺小屋を開き、学校でこぼれてしまった生徒たちに学ぶ喜びを教えようか。それも選択肢のひとつに入れておこう。

まもなく梅雨入りである。私の大好きな雨の季節である。

2005年6月10日 

         
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