自費出版うらおもて(その2)

 〔訊かなければ云わない商法〕

いよいよ校正をする日が近づいた。私の原稿に、どれだけ朱筆が入って戻ってくるのだろうと、期待と心配が半分ずつの気持ちで送られてくるのを待っていた。その原稿がやっと届いた。ドキドキしながら封をあけると、意外や意外、ほとんど訂正がない。全編で、わずか数ヶ所だけ控えめに書き込まれているだけである。プロの作家でも腕利きの編集者にはバサバサと削除され、訂正されると聞いていたので、私の初めての原稿など真っ赤になって返ってくると思っていたのだ。肩すかしであった。

しかしこれは、良くとれば原稿の出来が良いということで喜ばしいことではある。だが、悪くとれば適当に読み、誤字脱字を探すだけという単なる文字校正である。内容に関してのコメントやアドヴァイスは皆無に近い。けれども著者本人としては少しでも良いものにと最初から読み直し、A氏の指摘するわずかの箇所に比べ、書き直したいと私が思った箇所の数は、うんと多くなった。「初校」が済んだ私の原稿は自身の朱筆で赤くなり、送り返したのであった。

「再校」は7月下旬であった。初校で根を詰め、一言一句、一行たりともぬかりなきよう、字下げ、改行、行間など、集中力を両眼に込めて原稿を読み、赤ペンを入れた。二度めの方が更に凄かった。眼を皿のようにし、全神経を原稿用紙の上に注ぎ、一日に30〜50ページの読み直しをした。その結果、初校よりも直した箇所がふえてしまった。その時に読んでいた作家の文体や句読点の使い方が気に入り、それが私に入り込んでいたせいである。どの文も書き直したくなり、私の校正作業は終わりのない戦いのようであった。「ま、こんなもんやろ」に、なかなかならなかったのである。

A氏は、彼の書く挨拶状や連絡事項の文から好人物であると察することができた。(文にはすべてその人が表れる。私も、と思うとコワイなぁ)再校で文体をあちこち大きく変えるということをやり、みずから激しく朱筆を入れた私に彼は驚いたようである。原稿をもう一度だけ送るので、今度は印刷上の誤字脱字のみにしてくださいと控えめに書き添えてあった。なるほど。ドタンバであんなに文を変える著者など居ないであろうとは、あとで気付いたことである。私は必死だったのである。三度めに送られた原稿は、彼の云ったことを守って誤字脱字の確認のみに徹し、晴れて著者校正を終えたのであった。

その後まもなくA氏から表紙カバーデザイン、帯案のサンプル二例が送られてきた。ところが二つともまったく気に入らない。「透けてゆく人」のタイトルに合った透明感のあるものを望んでいたが、そのイメージからは程遠い。色使いも私の好みではなかった。私にすれば生涯でたった一冊の本かもしれないのだ。内容も外側も納得のいくものにしたいではないか。またA氏は、同時にひとつの提案をした。

彼は「平成道行考」のサイトから、「今日は花」という恋愛詩の挿絵に注目していたようだ。上着を肩に、後向きの男性とも女性とも見えるカットである。これがリュウのイメージと一致すると彼は云い、できれば使わせてもらいたいということであった。そう云われれば合っているように思い、さっそく絵を描いてくれた知人にその旨を伝えて承諾を得た。かつてHPにいろいろと絵を提供してくださったその人から快諾をいただき、タイトル文字やカバー、帯の色など、私の注文に応えて仕上げてくださった。もちろん無償である。デザインの仕事をされている旦那様も手伝ってくださったと聞き、とても感謝した。お蔭でイメージ通りのステキな装丁ができあがった。それが七月末のことである。

Hiroshiの一周忌直前まで本のことで慌しかったが、無事に法要を終えた。じき初盆が来て、また彼の死を再確認させられて落ち込んだ。早かったようで長い長い一年であったと沈みがちに暑い日を過ごし、本ができあがるのを心待ちにしていた。そして八月末、待望の本が送られてきた。その日は雨が降っていた。運び込まれる箱が雨に濡れるのが気になった。20冊ずつ入ったものが5箱、100冊である。それは印刷部数1000部のうち、私に割り当てられた数の本であった。ひとつの箱を開け、取り出した最初の一冊を「本ができたよ」とHiroshiの位牌の横に置いた。感慨深いものがあった。

ほんとうは九月に書店陳列であった予定を一ヶ月延ばしたのは私の希望で、残暑がのこる九月よりも、涼しくなる十月の方が人は書店へ行くと考えたからである。それに読書週間もあるからだ。そして九月末、早い店には陳列が始まった。本が出来上がってからは、進行管理課のT氏との付き合いとなった。図書館流通センターからの注文がありカタログに載ったこと、その後、日本図書館協会から選定図書に選ばれたとの朗報を伝えてくれた。それらはとても嬉しかった。

ここまで読んで、いったい私にはどんな不満があるのだろうと思われることであろう。無理もない。私の不平不満はこれから炸裂する。それは出版企画部のY氏とのやりとりにおいてである。本が手元に届き、私は残金の請求書が届くのを毎日待っていた。最初の説明では校正は二度までの料金が含まれ、三度めからは別途費用がかかるということであった。前述のように私はあまりに直しすぎたため、編集のA氏とは、校正で三度のやりとりをした。奥付の写真も数回やり直しを求めた。それらを含めて請求が来るのを待っていたのだ。しかし何も送られてこず、いつ来るのかと毎日気にかけていた。

そこへY氏からメールが来た。残金が未払いであるから至急入金せよというのだ。さもないと書店陳列が遅れるかもしれないともあった。冗談ではない。こちらは早く支払いを済ませたいと首を長くし、請求金額を知らせる書類が届くのを待っていたというのに。そう私が伝えると、こちらはお客様を信頼してお待ちしているとのたまう。超過金額も払うつもりでずっと待っていた私に、脅しのような言葉で催促しながら信頼申し上げてとは何ごとだ。失礼千万である。

234万円という金額は決して小さくなく、その半分の117万円だって大金である。前述のように私は請求書送付を待っていたが、契約書には残金支払いについてどう書かれているのかと確めてみた。すると8月10日までに納入と記されているだけである。校正回数がオーバーしたことの金額は微々たるものであろうが、聞かされていたからにはこちらは払うのである。それに100万を超えるお金の支払いを、請求書も送らず不明瞭な期日の指定はどうであろうか。おまけに8月10日にはまだ本が出来上がっておらず、私の手元に届いていないのである。それなのに先に全額を支払うなど、そんな馬鹿なことがあろうか。これは仕上がりのクレームがつく前に残金を払わせておこうという魂胆か。腑に落ちない。

そんなこんなでズサンさが見え、私は最初に示された234万円の内訳すら聞かされていなかったことに、その時やっと気がついた。その時になって初めて内訳を知るべきだと思ったのである。(ハイ、遅すぎました)その要求をY氏にすると、そんなことはもっと早く云って欲しかったと文句を云われたが、すぐに作成するというメールが来た。だいたい支払明細というのは最初の見積り時に提示するべきものではないのか。234万円ですと云われて、ハイわかりましたと云う私も私であるが、訊く客には渡し、鷹揚というかボンヤリというか、私のように訊かない客には何も説明しないというのは如何なものか。誠実さに欠けること甚しい。私は腹が立って仕方なかった。

                     (つづく)

2006年1月27日 

         
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