自費出版うらおもて(その4)

 〔猫も杓子も自費出版〕

ここまで私は自費出版について自分の体験から述べてきた。一度経験すれば、いろいろなことがよくわかったが、その時は知識がなく、とりあえず新聞に大きく広告を出している出版社でということになったのだった。「文芸社」よりひと足さきに自費出版で大きくなった「新風舎」を選ばなかったのには理由があった。この出版社は、客よせが巧みであるということを知っているからである。あやうくその手に乗ってしまいそうなことがあったのだ。

2003年の春、私は「第20回新風舎出版賞」という派手な広告につられて恋愛詩集「平成道行考」で応募したことがあった。何ヶ月か後に一次予選通過との知らせが来た。二次予選も通過した。ということは……。年甲斐もなく私は心を躍らせた。賞に入れば賞金がもらえるが、それよりも魅力だったのは受賞作を出版化してもらえるということであった。その頃は自分の書いたものが本になるということが非現実的なことであり、まさに夢であったのだ。

しかし、わが「平成道行考」は健闘するも受賞に至らなかった。今にして思えば、5,329点という莫大な数の応募作品の中、実際にはどこまで残っていたのかも不明である。気をもたしてこちらの意識を引っ張り、スコンと落としたあと、ベタほめの講評とともに新風舎は出版を薦めてきた。ご丁寧に電話までかかってきた。応募作には「特別価格」だそうで、ハードカバーで通常価格152万円のところを110万円だそうである。300部を刷り、著者分はわずか30冊しかないのであった。

何のことはない。“賞”とは単なる客よせに過ぎないのだ。我も我もと集まった“本を出したい人びと”を、一網打尽に捕える商法なのである。受賞した人より、しない人が必要なのである。担当の女性は何度か電話をよこし、こんないい作品を世の中の人に知ってもらいたいとか何とか云い、巧みなセールストークで迫ったが、私は断固として誘いに乗らなかった。また、見本だといって、どこのどなたかの短歌集や童話を送ってきたが、それらを読んでさらにその気がなくなった。誠に失礼な云い方であるが、内容も装丁も素人の域を出ない魅力のないものであった。

それでも食い下がる彼女に私は云った。
「選に洩れたのですから力がないということでしょ。そんなもの、本にしても仕方がないと思いますが」
彼女は返す言葉がなく、それから電話は来なくなった。(もちろん恋愛詩集がつまらないとは思っていない。自信作もたくさんあるノダ。)

このように、私たちの目にとまる二大自費出版社は、あの手この手で客を集め、手をかえ品をかえて“書き手”たちの心をくすぐり財布のヒモを、いや、金庫の鍵を開けさせる。「新風舎」や「文芸社」のほか「碧天社」などが後を追う。本が売れない時代だというのに、自費出版業界は未だかつてない盛況ぶりで利益を上げているようである。表現者たち、書き手たちは、ひしめきあって自作を披露しつづけている。(あぁ、私もそのうちの一人なのかしらん。←(コレ文豪ふう。“か知らん”のコト))

自費出版を扱う会社の悪口をワンサと云ったが、私は自費出版そのものを悪く云っているのではない。庶民の願望である本を出すということに関して、あこぎなことをして会社を大きくしている連中に腹が立つのだ。(その3)で説明済みだが、著者は持ち出しのみである。それもハンパな額ではない。それほどの金子を積んでも本を出したい人は出したいのであろうから、やめておけとは云えない。但し私は、その類の出版社で今後は本を出すつもりはない。

しかしながら本を出すのは道楽であり、快楽である。一度その味を覚えたら忘れられず、ハマってしまう気持ちがわかる。私もあと数冊は実現したいと思っている。けれども、そのたびに230万円も払ってはいられない。経費は抑えて良いものを作りたいと皆が望むところと同じである。それにはどうすればよいのであろうかと、自費出版を扱う出版社や印刷所について調べてみると、まさにブーム、マイbookを作ってくれる所は星の数ほどもあった。

まずは大手出版社では講談社、小学館、三省堂、幻冬舎などが自費出版を手がけている。と云っても子会社がその部門を請負って運営しているようである。小部数から大部数まで、数に応じて価格が定めてある。1,000部で160万円〜200万円というのが相場であろうか。希望すれば全国配本も可能であり、ISBN(国際標準図書番号)も付いてアマゾンなどのネット販売も可能である。手数料を払って委託販売も依頼できる。売れた本は一冊につき60%程度が著者に支払われるようである。

一方、小規模の出版社や印刷所でも自費出版を多く手がけている。小部数から受注し、価格を抑えた出版が可能である。具体的な価格を公表していない所が多いが、こちらの意向をフォームで送れば、見積りがされる。小さな会社でも書店配本は可能で、ISBNも取れるようになっている。私が「文芸社」を選んだのは、全国の書店に一ヶ月並ぶというのが魅力だったからであるが、それはたいていの出版社で可能になることであった。大看板を掲げている所だけが本を流通させることができるのではなかったのだ。

はやりの自費出版であるが、起源は社史や町史、そして自分史が最初であろうか。それが今では猫も杓子も自費出版をする時代である。(私もそのうちの一人であるが)けれども、その目的、予算、部数などの具体的なことは決めておき、流通させるかどうかも明確にしておかなければならない。自費出版のしくみについて、よく理解しておかなければ、「自費出版社」の商法にキレイに乗せられ、大金を費やすことになる。一部の人を除いては、それは負担のかかる額になっている。そこをよく考え、自分に合った自費出版の形を選ぶのがよいと私は考える。

                     (つづく)

2006年2月5日 

         
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