俗なる幸せ
  −T.S.エリオット『カクテル・パーティー』より− (その2)

前回「カクテル・パーティー」のあらすじを紹介した。今回は「俗なる幸せ」について私の考えを少々述べたい。

広辞苑によると、「俗」という言葉の意味は一般のならわし、土地の習慣、僧でない普通の人、凡庸、風流でないこと、卑しくて雅(みやび)でないことなどがある。あまりよくない意味で用いられる熟語には、低俗・俗悪・俗物などあるためか、俗という語の与える印象はよいものではない。誰もこの語では形容されたくないのである。だが、ここでは世間並み、凡庸といった程度の意味で捉えて論じたい。

おおかた私たちは俗なことに喜怒哀楽を感じて日々を生きている。宗教的な道を歩んでいる人以外、皆が俗な生き方をしているのである。否、宗教家ですら俗な人たちが少なくない時代である。(そういう輩は俗物といってよい)それはさておき、一般人のレベルでの「俗なる幸せ」を考えよう。これを考えるには、まず「幸せとは」について考えなければならない。そして「幸せ」について考えるには「欲望」についてふれることも避けられない。なぜなら種々の欲望が満たされたとき、人は幸せを感じることが多く、欲望と幸せは切り離せないもののようである。

その欲望を我々は数限りなく持っている。睡眠欲・食欲・性欲などの生理的なものから、名声欲や物欲などの社会的欲望、人によく思われたい、愛されたいなどの心理的欲望もある。具体的な例は、事業を成功させて金儲けがしたい、会社で認められて出世したい、立派な家を建てて優雅に暮したい、欲しい物を自由に買いたい、好きな所へ旅行がしたい、周りの人によく思われたい、相思相愛の恋人が欲しい、いつまでも若く美しくありたい、子どもが優秀であってほしい、いつでもおいしいものが食べたい、など数え上げればキリがない。さてもさても人間の欲望とは星の数ほどもあることよ。

いいえ私はそんなもの要りません、自分や家族が健康でいられたらそれだけで充分ですと殊勝なことを仰る方々もいるかもしれない。しかし、それとて欲望のうちである。生者必滅の大原則を忘れてはならない。人はいつか病を得たり、何らかの理由で命を終えねばならないのだ。無理なことを望むのも欲望の一種である。このような満たされない欲望も多いが、人は何かの欲望が満たされたとき、幸せを感じて人生がバラ色に見えるであろう。けれども幸せの時間は長くは続かず、次にはもっと別の、あるいはさらに程度を上げた欲望を燃やし始める。これが仏教でいうところの煩悩のなす業(わざ)、つまり求め続けてやむことがない「渇愛」なのである。

悟りきったようなことを言ったが、もちろん私もさまざまな欲望を持ち、いくつかは満たされて幸せを感じ、いくつかは満たされずに夢や憧れのままで終わってきた。ひとつ満たされ、更なる欲望を燃やしもした。平均よりは少ないとは思うが、意識下で熾火(おきび)のようにくすぶっている欲望が、今も私のなかにあるのかもしれない。(本が完売されればなぁ。儲けなど不要だが。)

話を戯曲に戻そう。「カクテル・パーティー」の夫婦は世間並みの夫と妻である。若いときはいざ知らず、中年男になった今、おなじく中年の妻からの溢れる愛を受けとめるのはエドにとって無理があった。(エドでなくてもか)そのあたりの意識のズレは、恋人や夫婦の関係において生じることはやむをえないことかもしれない。しかし、シーリアとは恋ができる。最初、私は妻のラヴィニアに同情的であったが、夫に腹を立てて出ていった彼女もピーターと関係があったことが明かされる。この点が西洋的な筋書きとなっている。なぁんだ、おまえもか。エドがそう言ったかどうかはわからないが、おそらく彼の罪悪感は軽減されただろう。

こんなことは既婚の夫婦には珍しいことではない。日本では夫が浮気をするのが常であったが、今の時代は妻もけっこうお盛んだと聞く。ここでも男女同権が根づいたか。だが低きに倣うのは感心できたことではない。ともあれ恋愛や見合いで縁あって夫婦(めおと)となるも、月日がたてば共にほかの人に心惹かれることは無きにしもあらずではある。そのときにどうするか。それは人それぞれであろう。エドのように一時の快楽に溺れて夢を見るも、忘れてはならないことは、関わる人間すべてが傷つくことである。(傷つかない人間は論外である) 彼女のように純粋な女性とそのようなことになると、その人の一生を変えてしまうことになる。そのダメジを克服できる者はよいとして、容易に克服できない者は苦難の道を歩まなければならないのだ。

エド夫婦は共に不倫を経て「理解しあえぬことを知る二人が暖炉のそばでとりとめのない会話をし、自分達が理解できず、自分達を理解できぬ子供達を育ててゆく」ことに満足して凡庸の道を歩む。シーリアのみが殉教の道をひとり歩み、あとの人間はめでたしめでたし、一件落着なのである。この結論に私は何だかスッキリしない。

h人々は俗なることに追われ追いかけ、時代に置いてきぼりにされぬよう懸命である。隠棲の身である私の目には、その凄まじき姿に、違う星に生きる人々のように見えることもある。だが、この俗なる幸せを満喫できる人は幸せそのものなのである。どこかへ行く、美味しいものを食べる、何かを見る、自然を満喫する、モノを買う、モノを創る、ふるさとへ帰るなどなど俗なる幸せは数えきれない。私も一生懸命に俗なる幸せを追い求めて来たわけだが、今はただただ、皆様、大変ご苦労様と思って世間と距離を置いて静かに暮している。

とはいえ私も大いに俗である。先月生まれたばかりの初孫の写真を見ると、思わず頬はゆるみ、この子のためにブランコを庭に置いてやろう、夏には広いプールで水遊びをさせてやろうと早くも考えるだけでも楽しくなる。私もまだ充分に俗なのである。こうして人並みに俗なる幸せを味わえることに安堵した。私とて生きている限り欲望から解放されることはないであろうが、欲望を離れて幸せを感じることも多くなった。体調がよく好きなことが出来た時、生きて在ることの幸せや感謝を感じる。穏やかな幸せをひとり感じるのである。

この作品は1949年、エリオットが61歳のときに書かれて上演された。喜劇を意図した芝居は観客を魅了し、笑いと暖かな拍手で包まれたという。ニューヨークでの上演は325回にのぼり、興業総額は100万ドルを超えた。だが作者自身はそんなことに無頓着であったという。詩人としての地位をすでに確立し、前年にはノーベル賞ほかその他の賞も獲得している。この戯曲において彼は大衆のところまで降り、堅物の敬虔なる詩人が庶民の支持も得たのである。

彼は若くして結婚した妻ヴィヴィアンとの生活が数年で破綻、心を病んだ彼女を精神病院へ送った。後年、58歳でひとり寂しく病院で死んだ妻への罪の意識をエリオットは生涯感じ続けていた。妻を愛せないエドにはエリオット自身が投影されている。この作品を書くことでその呪縛から自身を解放しようとしていたのだろうか。長い年月をかけて心の整理をした彼は、晩年、彼は68歳のとき38歳も年下の秘書との再婚に踏み切る。

「俗なる幸せ」と「聖なる殉教」。前者はときに浅はかなほど俗であるものもあるが憎めない。後者は清らかなひとすじの光を放ち、その美しさは消えることはない。この世に生きる99.9%の人々は前者で満足を得ているのだが、それが生きていることの証か。孫の誕生で俗なる幸せを感じた私だが、残りの人生で感じる幸せのすべてが「聖なる俗なる幸せ」でありたいと願っている。

私は3月より不調が続いているが、早く体調が上向きになって俗なる幸せのひとつである庭仕事をしたいものである。山々の緑が美しい。そう思った瞬間、これも俗なる幸せであろうと考えた。



2009年5月11日 

         
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