太宰の「佐渡」へご案内(その1)

 今年は太宰の生誕百年にあたり、メディアで多く取り上げられ、三月も前のことになるが、六月の桜桃忌は格別盛り上がったようであった。この太宰、年々ファンを増やし続け、年齢層は富士の裾野のように幅広い。私も思春期から現在まで熱心なファンである。それもその筈、全集をひもとけば、どの作品をとっても素晴らしく、いくつになっても楽しめる。とりわけ中・短編に素晴らしいものが多くあるが、残念にもマニア以外にあまり知られていない小説も多い。井上ひさし氏の言葉を借りれば、それらの作品にも“小さな宝石”が光っているのである。「人間失格」「斜陽」「走れメロス」ばかりが太宰ではないことを知っていただくために、今日はそれら小さな宝石の中から、前半では彼のもつテンネンの可笑しさを存分に発揮し、後半では哀愁も充分に描かれた「佐渡」という小品をご紹介しよう。

 『おけさ丸。総噸數、488噸。旅客定員、一等、20名。二等、77名。三等、302名。賃銀、一等、3圓50銭。二等、2圓50銭。三等、1圓50銭。・・・』(原文はすべて漢数字)と冒頭は船の説明である。到着時間や速力まで詳しく書いたあと、改行もせずに「何しに佐渡へなど行く気になったのだらう」とボソリと書く。「十一月十七日。ほそい雨が降ってゐる。私は紺絣の着物、それに袴をつけ、貼柾(はりまさ)の安下駄をはいて船尾の甲板に立ってゐた。マントも着てゐない。帽子も被ってゐない。船は走ってゐる。信濃川を下ってゐるのだ。するする滑り、泳いでゐる」

 簡潔な美しい文である。太宰の姿が目に浮かぶ。やがて船は河口まで進み「ゆらりと一揺れ大きく船がよろめいた。海に出たのである」。エンジンの音が大きくなり船は馬力をかける。それを太宰は「本気になったのである」と表現する。うむ、うまい。寒くなった主人公は船室に入るが、二等船室の隅でボオイから借りた毛布にくるまり、船酔いせぬよう神に念じる。自信のない彼は心細く、ゆらゆら動く船室で「死んだふりをしてゐよう」と思い、目をつぶってじっとする。主人公はなおも何しに佐渡へなど行くのだろうと自問するが、これといった理由が見あたらない。だが、やがてひとつの理由を見つける。

 前日、主人公は新潟の高等學校で「下手な講演」をした。佐渡は死ぬほど淋しいところだと聞いていた彼は以前よりかの地が気がかりだった。「天國よりも地獄が氣にかかる」主人公は、「関西の豊麗、瀬戸内の明媚は人から聞いて一應はあこがれてもみるのだが、なぜだか直ぐに行く氣はしない」のである。もっと年をとってからゆっくり關西を廻ってみたいとも書いている。(長生きして関西も訪れてほしかったものよなぁ)かくして地獄が気になる主人公は新潟まで来たのなら、佐渡にも立ち寄ろう、立ち寄らなければならぬと考え、「死神の手招きに吸い寄せられるやうに佐渡にひかれ」て行くことにしたのである。しかし太宰は船室の隅で後悔する。たった今、出向く理由を見出しながら、何しに行くのだとまたもや考え、寒い季節に何をすき好んでと悔やみ、誰も褒めない愚行をする自分を馬鹿だと思う。家計を考えると無駄使いなどできないのに、つまらぬ旅を企てた自分を責め始めもするのである。

 毛布にくるまり主人公は不愉快になる。だが、しばらく自分を叱ったあと、むっくり起き上がる。一時間ばかり身動きせずに死んだふりをしていたが、船酔いの気配が無いとわかるとばかばかしくなって起きたのである。立ち上がるとよろめくほど船は揺れていた。けれども主人公は「壁に凭れ、柱に縋り、きざな千鳥足で船室から出て、船腹の甲板に立った」のである。そして目を見張る。佐渡はすぐそこに見えている。「全島紅葉して、岸の赤土の崖は、ざぶりざぶりと波に洗はれてゐる」のだ。まだ一時間しか経っていない。旅客は船室に寝そべっている。甲板に出ている男たちも煙草をふかしてのんびりと前方を眺め、誰も興奮していない。興奮しているのは主人公ひとりであった。島の岬には灯台が立ち、まもなく着くというのに誰も騒がないことを不審に思う。「空は低く鼠色。雨はもうやんでゐる。島は、甲板から百メートルと離れていない」と太宰は書く。短く何気ない文章で情景を描写するうまさ。こんなところにも私は惚れ込んでいるのである。実にうまい。

 船は島に沿って「平氣で進む」。そして気づく。この島の陰のほうに停泊するのだろう。そう思うと安心し、よろめきながら船尾へ行き、内地が見えなくなった陰鬱な寒い海を見つめ、スクリューが巻き上げて飛散する海水を観察する。そして「日本海は墨絵だ」と思ったりする。謎解きができた彼は得意になり、自分を「水底を見て來顔(したりがお)の小鴨かな」と鴨にたとえもする。しかし再びよろよろと船腹に戻ると、小鴨は首をひねらざるをえない。なぜならば船と島はたがいに素知らぬ顔をして挨拶もせずに通り過ぎ、無言で見送リ合っているからだ。灯台はみるみる小さくなり、置き去りにされる島を、これは佐渡ヶ島ではないかもしれないと小鴨は大いに狼狽する。

 昨日、新潟の海岸から見た島はこの島で、「あれが佐渡だね」と主人公が訊くと、「さうです」と高等學校の生徒はたしかに答えた。その島に間違いないのに汽船は知らぬふりで通り過ぎようとして黙殺しているのである。これは佐渡ヶ島ではないのかも知れない。あまりに到着が早いことも考えると、佐渡ではないのだと思えてきた。ここから約3ページにわたって太宰の真骨頂である自己の心理描写が展開される。主人公は「恥づかしさに、てんてこ舞ひした」のである。こんな表現は太宰にしか出来ない。この“てんてこ舞ひ”の様子は圧巻である。その滑稽さは原文でなければ伝わらないが、「ひとり言」の枚数の都合上、仕方なく引用をまじえて要約する。

 前日、新潟の砂丘で彼はひどくもったいぶって「あれが佐渡だね」と早合点の指さしをし、それがとんでもない間違いだと知っていながら、彼があまりに荘重な口調で盲断しているので、生徒たちは嘲笑して否定するのが気の毒になり、そうですとその場を取り繕ってくれたのだ。そして後で馬鹿先生だと疑い、「灯が見えるかね」と言いおったぞと彼の口真似をして笑いあっているのに違いないと考えたとたん、「私は矢庭に袴を脱ぎ捨て海に投じたくなった」のである。(右近はここを初めて読んだとき、その姿が浮かんで爆笑した)しかし主人公は佐渡はたしかに一つしか無く、生徒は皆、誠実だったと考え直し、とにかくこれは佐渡だと思い込もうと努めるが確証が得られない。汽船は容赦なく進んでいく。

 誰かに訊いてみようかと思うが、もしその島が佐渡であれば、佐渡行きに乗り込んでおきながら、「あれは何という島ですか」という質問くらい馬鹿げたものは無く、それは銀座を歩きながら、ここは大阪ですかと訊くほどに奇妙なことで、狂人と思われるかもしれないと怖れて質問もできず、彼は懊悩と焦燥を感じ、この船の中で、自分ひとりだけが知らない変な事実があるのだと確信する。

 海面は暗くなりかけ、問題の島は黒一色になってずんずん離れていく。とにかくこれは佐渡だ。その他に新潟の海にこんな島は無かった。やはりぐるりと大きく迂回して陰になった島の港に到着する仕組みなのだと窮余の断案を下すも落ち着かない。どうにも浮かぬ気持ちの彼は、そのとき愕然とする。「誇張では無く、恐怖の感さえ覺へ」、「ぞっとしたのである」。汽船の真っすぐ進む方向のはるか前方に、幽かに蒼く、大陸の影が見えたのだ。「私は、いやなものを見たやうな氣がした。見ない振りをした。けれども大陸の影は、たしかに水平線上に薄蒼く見えるのだ。満州ではないかと思った」。

 かくして主人公こと太宰の混乱は、クライマックスに達するのである。

                           つづく


2009年9月11日 

         
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