危うし「平成道行考」

2002年11月に「平成道行考」を立ち上げ、三年半が過ぎたが、ここへ来て行き詰まってしまった。

その最も大きな理由は、私が楽しめなくなっているということであろうか。これは困ったことである。大部分の個人ホームページは自己表現の場として存在する。私も含めて世の中は喋りたい人、書きたい人だらけの総表現者時代である。それらが自己満足の世界であることを、運営者はよく心得ているであろう。その世界では自己中心で勝手気ままが許され、あくまで楽しいものでなければならない。それが私とくれば楽しめなくなってしまったのであるから困ったものである。では、なぜ楽しめなくなったのであろうか。これにはいくつかの理由が考えられる。それらを考察してみたい。

◎誰のために書いているのか

もちろん自分のためである。いや、誰のためということなど考えず、書かずにいられないから書いてきたのである。私は念願の書く生活を手に入れ、長編小説を書いた。その後、次々と襲ってくる不幸に抗うようにひたすら書きつづけた。誰のためも何もない。書かなければいられないから、黙々と書いていたのである。その行為は明らかに人のためではなく、多くの言葉を出して自分を保とうとしていたのだと云える。そんな私が書く内容に興味を持ってくださる人々がふえたのは嬉しいことであった。だが、私生活が落ち着いてきたからか、これまでのように書かずにいられない状態ではなくなっている。これは私にとって進歩したと云えることである。せっぱつまって書くという状況ではなくなったので、心情を吐露したり、悲しみから逃れようとして書くことが無くなってきたのだ。これは良いことではある。

◎私の中のエンターティナー性

書かずにいられないから書いていたにせよ、訪れてくださる人びとを、まったく意識していないかと云うと嘘になる。余談であるが、祖父は農夫であったが村芝居や浄瑠璃を演じていたらしい。父も本業のほかに踊りの師範もしており、多くの会員を引き連れて飛び回っていた。また、母方の祖父は歌や文学好きの校長先生であったと聞く。新聞等に投稿しては、たびたび入選していたらしい。私の母はとても歌がうまい人である。私には、芸人、先生、風流人の血が流れているのである。実際、若い頃には私は役者の卵であった。それらの血がサイト運営にも影響し、私はみずからに entertainment 性を要求する傾向がある。よって作品を投げかけたあと、読み手の反応や反響が気になるのである。自分のためと云いながら矛盾したことも云うが、それもまた事実なのである。私は詩や文を書く芸人なのだ。まったく読み手を意識せずに書く人間などいない。見せたいということは意識しているということなのである。プロもアマも含めて書いて見せたい人は、漫才や落語や芝居とおなじく、芸を見せたいのではないかと思う。

◎無言・無表情・無反応なネットのお客様

芸人である以上、お客様の反応が気になるのは当然である。ところが、演じる私に対し、観客である訪問者の皆さんからの反応は、これまで殆ど感じることができなかった。これは虚しいことである。誤解されると困るが、誉めてほしいわけではなく、ケナされると癪にも障るのであろうが、まったくの無反応というのはケナされて凹むよりまだ虚しい。しかも私が不幸から立ち直るにつれ、自分のために書いているという意識は薄れ、かならず見てくださる人びとが居るから書かなければという義務感のようなものが強まってきている。もとより私は対ヒト几帳面であるから、応えなければという気持ちは強く、何も反応が無くとも、訪れてくださる人びとが居るかぎりはと定期的な更新は欠かさなかったが、それは励みでもあった。虚しいと周囲にもらせば、ネットとはそういうものだと諭される。ならば手ごたえを期待してしまう私はネット向きではないということになる。声が届き、言葉を交し合えるつながりや、ここで見ていますよとじかに伝わる形の自己表現の方が私には向いている。だからパントマイムや腹話術がしたいと思っているのである。それならば少なくともお客様の反応は見えるからである。向上心も芽生えるであろう。

◎困ったこともある“交流の場”

それでは、読者の皆さんの声が聞きたいというのに、現在BBSを設けていないのは何故か。立ち上げた当初は「ひとり言」と恋愛詩のみであったが、七ヶ月後にBBSを設置した。思いのほか多くの皆さんが訪れてくださり嬉しかった。ところが、またしても対ヒト几帳面の私は、すぐに返事をしなければと気が気でなくなり、落ち着かなくなってしまったのだ。丁寧に返しすぎるから負担になるのだと諭されるが、私のこの性格は治らない。それよりも困ったことは不心得な人たちの出没であった。それにはうんざりである。昨秋に開設したブログも二ヶ月で閉鎖を余儀なくされたが、それも不心得な人が原因であった。ある日、悪意あるコメントが書き込まれたのだ。書いた人の病んだ心に背筋が寒くなり、鳥肌が立った。そこにあるから悪意が芽生える。BBSにしろブログにしろ、書き込む場が無ければ恥ずべき行動はできないはずである。何人もの人間になって遊ぶ人の相手をするほど私は暇ではないし、悪意ある不気味な言葉で脅かされるのも御免こうむりたい。できれば心地よくサイト運営をしたいのだ。ネットの嫌な部分には懲りごりなのである。大部分の善良な人びとの言葉には励まされ、勇気づけられた。特に協力的であった皆さんには感謝している。

◎届けられるナマの言葉に感激

話はとぶが、本を出して思わぬ喜びを味わった。読んだ人々からの感想が方々より届けられたのである。それらはネットの人びとでなく、私の知人や友人を介して本を知って読んでくださった方々であった。あるいは何かで本を知って読み、奥付けにホームページのURLを載せているので、道行考にメールをくださった方もおられた。サイトのお客様からは、「透けてゆく人」の連載中も終了時も、何の言葉もいただけず、寂しい思いをしただけに、それは嬉しいことであった。友人知人から転送されてくる手紙やメールの文字を私は喜々として読んだ。それは本を紹介してくれた人に対しての礼儀としての感想であり、買った本からサイトに来て、本名を名乗っての感想であった。感激もひとしおである。人と人とのナマのつながり、ナマの声を感じるのは嬉しいものである。その喜びに郷愁のようなものすら感じ、私がネットには不向きな人間であることを確認したのであった。

このような思いが積もり積もって、2月11日のトークで私はクーデターを起こしてしまった。作品を投げかけることだけでなく、まったく掴めない相手に対して、お元気ですかとか、寒いですねと語りつづけることにも私は限界を感じているのである。さぁて、どうしたものであろうか。

                  

2006年3月10日 

         
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