返ってきたボール(その2)

ほかにもボールを投げ返してくださった方々がおられる。ここから改めて御礼を申し上げたい。

Y・H様

「透けてゆく人」を読んでくださり、ありがとうございます。本の奥付にある「平成道行考」のURLからサイトを訪れてくださり、あなたはメールをくださいました。とても嬉しかったです。

実はあなたのような方が私はもっとおられると期待していたのですが、待てど暮せどそのような方が現れず、本は本、サイトはサイトと別もので、本の読者の方々がサイトに訪れてくださるだろうという目算は、みごとに外れてしまい、私はガッカリしていたのです。そんな時に訪れてくださったあなたは、本からサイト、そしてメールという私の思い通りの動きをとってくださった最初の人でした。喜びいさんでお返事をすると、あなたはあなたで「右近さああああぁぁあああん☆」という件名で喜びを表し、お返事をくださいましたね。あなたはきっとお若い方なのでしょう。漫画しか読まなかったというあなたが私の本を読んでくださり、たいそう嬉しいです。活字だけの本もいいものでしょう?

また、あなたはトークに直リンクされていたのか、あのコーナーは、一旦閉じたとご存知なく、喋っていない私を心配してくださいました。そうか、と私は気がつきました。直リンクの人もいたならと考え直し、トークを閉じる閉じないの結論を出すことを先送りすることにしたのです。もしあなたが「13日からトークがお休みで心配です」というメールをくださらなければ、拗ねていた私は本当にあのまま閉じてしまっていたかもしれません。あなたのメールはトークの危機を救ってくれました。

次のメールであなたは本名を名乗ってくださり、驚きました。そのお名前は、私の二人の娘たちの名前にある文字をひと文字ずつ組み合わせたものでした。これは奇遇です。何だかあなたを他人とは思えません。それにあなたは嬉しいことを云ってくださいました。本かホームページかの二者択一なら、ぜひ本を頑張ってほしいと単刀直入に意見を述べてくださいました。ありがとう。私の考えていることと一致したからでしょうか。ひどく元気づけられ、「よしっ!」と喜んだのでした。

いつになるかわかりませんが、次に出る本を気長に待っていて下さい。それから時々メールで私を激励してください。ありがとう。

H・Y様

私がヤケを起こす一ヶ月前、あなたはメールをくださいました。それは「『透けてゆく人』を注文します。」ということだけ書かれたメールでした。本名と思われるお名前と住所が明記されてありました。私は驚きました。なぜならサイトから来られた方で、本名や住所を明記してのご注文は初めてだったからです。このような形で私への直接のご注文は、知人友人を除いてあなたが最初の人でした。私はサインをさせていただき、トップページの写真を添えて本をお送りいたしました。

メールをやり取りするようになってから、なぜご自身の情報を私に開示してくださったのですかと尋ねました。あなたは答えました。「サイトを読んで、この人なら大丈夫だと思ったからです」。このあなたのお言葉は嬉しいものでした。人と心を通わせるには、まず自分が先に心を開けと私は生徒たちに言ってきました。そうすれば相手も心を開いてくれるのだと。そんなことは甘いよと思われる方々には、では一度やってごらんなさいと云ってさしあげたいですね。あなたのご信頼は嬉しく思っています。

書くことは隠しようもなく自分をさらけ出すことですが、自分ではよく判らぬまま作品の根底に、言葉の端々に、私自身が現れているのかもしれません。その私を信頼し、いきなりの直球を投げてこられ、あなたは私の度肝を抜かれました。また、どうせサイトからは1枚も売れないだろうと思っていた鍋敷きを売りに出すと、すぐ2枚も買ってくださいました。しかも鍋を置くのはもったいないと、ご主人さまとお二人分のコーヒーを置いてくださっているのだとか。

虚から実の世界へ投げていただいたボールは、ことのほか重いものでした。どうぞこれからもよろしくお付き合いのほど、お願いいたします。


このほかにも、昨年、本を読んだ感想を携帯から送ってくださり、時々メールをくださる和歌山のT・Kさん、朝晩サイトを訪れるのを習慣とし、何をする時も力になってくれる関東のYさんとSさん、ピンチの時にかならず言葉で助けてくださる東北のI・Cさん、同じく凹んでいるとそれとなくメールをくれる教え子T・T。時々は見てくれているだろう神戸の同級生たち、お世話になった人びと等。

各地で私を支えてくださる人びとはそれなりに居る。しかし訪問者全体の数からみれば、それはごく少数である。私はお顔が判ったり、メールをくださった方々だけを語りかける時にイメージできるのである。お一人ふえると人の形をした模型のようなものが私の頭の中で一つふえ、訪問者の皆さんを間近に感じとれるのである。好き勝手に何でもかんでも書いているのであるから、特に感想を欲しがっているのではない。また面と向かってケチをつける人もめったにいないであろうし、誉められることは苦手な私にはそれも必要ない。何よりも見ていますよ、読んでいますよの声が欲しいのである。つまり読んでくださる「あなた」を身近に感じたいのである。そうすれば私はきっと張り切るであろう。私は言葉の芸人になりたいのである。芸人になってあなたを喜ばせたいのである。

私は多くの生徒を叱咤激励し、時には怒鳴り散らしもしてきたが、皆さんには吠えもしないし噛みつきもしない。文章の添削も誤字の指摘もしない。(私もよく間違っているでしょ、変換ミスとか誤字脱字。多字もしばしば<これは右近の造語であるが>)どうか怯えずに私にお言葉を届けてくださればありがたい。しち難しい言葉は不要である。それでは例をお目にかけよう。今年の年明けに届いたとてもうれしいメールである。

「右近さん、暖かくしていますか。
          右近さんの文章が好きです。」

簡潔明瞭、たった二行のメールであったが、私を喜ばせるツボを心得ておられる。こんな言葉に奮起するのである。この方は、その後も同道してくださっているのかどうかが気にかかる。どうぞ皆さん、右近がやる気をなくしている時は、温かい激励のメールをいただければ幸いである。操りようで私はいくらでも書くのである。「平成道行考」を育てていくのは、私ではなく皆さんなのである。

2006年3月18日 

         
前の思考 次の思考

右近的 INDEXへ