「石に言葉を教える」 ― 柳田邦男

これは柳田邦男氏の近著のタイトルである。この題名を新聞の広告で見たとき、「石」とはまた厳しいことをと驚いた。今の子どもたちや若い人を石にたとえていると思ったからだ。このような過激な表現は柳田氏らしからぬと訝しく思ったのだが、それは違っていた。本が届いてページを開くと、この題をつけたいきさつが冒頭に書いてあった。

氏はある夜、机に向かって考えごとをするが、ひとつの情景が幻覚的に脳裏に浮かぶ。それ以後、その情景は強迫観念のように氏の頭から消えず、なにかにつけて浮かび上がってくる。

それは東北地方のどこかの山間(やまあい)の村のようであった。初老の男が山村に踏み入り、渓流のほとりにある大きな角張った石に向き合って座り、ぽつりぽつりと話しかけているというものであった。男は石に言葉を教えているのだという。村人たちは、もう十三年も男がそれを続けていると知っており、誰もそのことを特別なことだと思っていない。親しみをこめた目で見守っているのだ。

〈石に言葉を教える〉ことに興味を引かれ、「どうやって教えるのか」と問いかけても男は答えない。ただひたむきに話しかけているのである。その男の後姿を見つめている氏は頭の中で、男が話しかけている言葉とはどんなものなのだろうかと想像する。はじめの三、四年は保育園児に教えるような口調で話しかけたのだろうかと考えたりもした。

幻覚のような氏の想像のなかで、男は〈石に言葉を教える〉方法をあれこれ模索する。そして昔、自分が小さかった頃、祖父が毎夜、寝る前に作り話をしてくれたのを思い出し、同じことを始める。男は石に向き合い、石が楽しんでくれそうな作り話を、思いつくままに語りかけるのであった。

だが、作り話といっても、男はそうそう新しい話を創作できるほどの才能は持っていない。同じ話を繰り返したりする。それでも部分的に脚色したり変えたりすると新鮮味が出てくることが判り、いくつものヴァージョン(version=改作)が作られるのであった。

そんなことを続けるうち、男はせせらぎの音が、自分の語りに調和して、心地よいBGMの役割を果たしていると気づく。サラサラ、トクトク、ポコッポコッという繰り返しに耳を傾けていると、自分の声がその音の中に溶けていくような感じがする。木々の梢を揺らす風のささやきも溶け合っている。音に聞き惚れながら、男は自分の作り話を意識的にそのBGMに合わせて話すようになり、話す言葉や文脈は磨かれていく。

それをまた三、四年続けていると、男は石が自分の作り話をちゃんと聞いているような気がしてくる。面白い話なら笑い、悲しい話なら涙を流してくれる。それが判るようになる。そうなると、いつかきっと石が言葉を発する日が来るに違いないと男は確信するようになる。

また三、四年の歳月が流れる。男はまた新しいことに気づく。それは、石が楽しんだり悲しんだりする反応は、自分の感情の変化と同じパターンになっているのであった。まるで自分の心の分身が石に棲みついたのではないかと感じる。男はますます作り話に感情をこめて話すようになり、みごとな語り手になっていた。石もまた、はっきりと笑いや涙の反応を示すようになる。返ってくる石の感情に同調し、楽しさや悲しさを増幅して感じるようになる。男は思わず石をさすったり、抱きしめたりするようにもなる。そしてある日、男は石を抱きしめて言う。

「おお、おお、おまえの心はわしの話を十分にわかってくれるんだなぁ。わしにはおまえの心がよーくわかるぞ。おまえが言葉をしゃべれるようになるまで、百年でも待とう。だが、もう言葉なんかなくても、おまえの気持は十分わかるようになった。おまえは形は石でも、やさしい心のある石なんだ。一緒に笑ってくれたり泣いてくれたりする石なんて、ほかにどこにあろうか」

このような筋道のある物語を、柳田氏は最初から脳裏に浮かべたわけではないのだという。唐突に、石に言葉を教えようとしている男の姿が幻覚的に浮かんだだけなのだそうだ。しかし、もしかして、石に言葉を教えることはできるのではないか。安倍公房ならきっとそう考える。そう思うと、その情景は折りに触れて浮かび、いつしかひとりでに物語を帯び、進展して筋道ができたのだという。

「もしかして」という言葉の力を氏に教えたのは、詩人で絵本作家である内田隣太郎氏であった。また、初老の男が石に言葉を教えている情景が浮かぶきっかけは、「底の石動いて見ゆる清水哉」という漱石の俳句であるという。その俳句は臨床心理学者河合隼雄氏の著書で知る。

12の項目から成り立つこの本の最初の項目「石に言葉を教える」という章は、後半からいつものように硬派の文になっている。心理学、日本の文化、俳句、アニミズム、アイヌのものの考え方、宮沢賢治の思想、西洋近代科学の欠点などについて述べられる。そして最後に、日本の子どもたちの「読解力」の低下について触れている。国際機関のOECP(経済協力開発機構)による十五歳対象の学習到達度調査の2003年の結果は、文部科学省はじめ教育者に大いにショックを与えたらしい。

日本の十五歳少年少女の「読解力」は、41ヶ国中、8位から今回は14位に低下した。世界一テレビ漬け、ケータイ・ネット漬けである日本の子どもたちの言語力(文脈を読み取る力、文章で考えを表現する力)の低下が、何年も前から顕在しているのは我々も承知のことである。氏の指摘どおり、電子メディアの情報は言葉も画面も断片的・刹那的なものが多く、じっくり味わい考える活字メディアとは異なる。脳が大きく成長する乳幼児期から少年少女期にかけて、電子メディアが感性や言語による思考力の発達を阻害する側面が大きいことを、氏は著書「壊れる日本人」で詳しく論じているそうである。

だが、読書活動というのは、読書の時間をただふやせばいい、読んだ本の冊数をふやせばいいというのではないというのは尤もである。国語の時間をふやせば解決するのではなく、読んだ本の内容や感想を話し合うという取り組みは、読解力や表現力を身につけさせるのに有効だと柳田氏は力説し、次のことを提案する。

「教室の机や柱、校庭の木や彫刻やオブジェなどからどれか一つを、子どもたち一人ひとりに選ばせて、毎月一回くらい、自分の選んだ対象物の前に椅子を置いて座らせ、一時間、対象物に言葉を教える実践教育を行なうのだ。面白いことに、いつも教えられ覚えさせられるという受け身の授業しか知らない子どもたちが、教える立場にまわると、突然生き生きとしてくるはずだ。教え方の手引きなど作ってはいけない。子どもたちは、机や柱や木などに向き合うと、はじめはどうしていいかわからないにちがいない。わからなくて困るのが大事なポイントになるのだ。困って困って困ったなかから、自分なりに何か言葉をかけ始めるだろう。そうやってこそ、子どもたちは考える力や自分の言葉で語る力を獲得できるのだと、私は考えている」

まったくその通りだと私も思う。子どものみならず、言葉で表現できないためにキレてしまう若者や大人にも、このような訓練は効果的ではないだろうか。私は柳田邦男氏の「犠牲(サクリファイス)」や「死の医学への序章」を読んで深く考えさせられた。ノンフィクション作家として氏は巾広い分野のことを書いては警鐘を鳴らし続けているが、最近は「言葉」や「いのち」についての著書が多い。それらの危機だからである。尊敬する氏の次の言葉に心を打たれ、とり急ぎこの「ひとり言」を書いた次第である。

「石に言葉を教える。子どもたちにそういう時間を与える学校あるいは教師よ出でよ。山川草木・花鳥風月の対象に、痛みの感情を持たせた俳句を詠むのを習慣化させるような授業をする教師は出てこないか」



2006年5月27日 

         
前の思考 次の思考

右近的 INDEXへ