「言葉屋」連載を終えて

連載小説「言葉屋」を終了した。九月初旬から二ヶ月間の連載であった。

その人の気持ちになって言葉を出すということをしたのは十年前に遡る。それは阪神大震災の詩を書いたときである。未曾有の大惨事に言葉を失い、悲しみにくれた。数ヶ月後、私は数編の詩を書いた。それらは、突然に命を奪われた人たちの口惜しさであり、遺された者の悲しみを代弁したような詩であった。言葉にならない大きな悲しみ。それをわずかたりとも共有させて欲しいというところから、自然に私の心身が動いた結果であった。なりきることは出来ないにしても、強い思いをもって哀悼の意を表したのだ。

その後、私自身にも大きな悲しみが突然おとずれた。この二年というもの、私は息をしているだけのあやふやな状態で生きていた。この間、死とは、生とはと考えつづけ、煩悶の末に私なりの死生観にたどり着くことが出来たのである。しかしながら、この物語を書く前に、そのようなことを大仰に考えていた訳ではない。六月に「天罰」を書き終えたあと、腑抜けになった。そのうえ今夏のあまりの暑さに落ち着いて次のものを書くことができず、九月になって私の「書きたい願望」が満杯になったのか“ある日突然”(♪)書き始めたようなことである。

舞台に選んだ「占い通り」については、以前にテレビでそのような通りがあることを知り、興味をもった。「商店街」に関しては、私の年代の者には、この言葉を聞くだけで郷愁さえ感じさせる。脳裏には昭和三十年代の商店街が、はっきりと浮かぶのである。それら昔ながらの商店街は、大型店舗の進出や時代の風潮とともに、全国的に衰退している現状には寂しさを感じる。活性化の試みもあれこれとなされているが、そこには厳しいものがある。占い師たちを招く「占い通り」は、そんな中でもユニークな試みのひとつであろう。

だがミツロウは占い師ではなく、「言葉屋」でなければならなかった。占いに私は興味がなく、あくまで言葉でなければならなかったのだ。このミツロウという名前も「蜜蝋」からその日に思いついたものである。ちなみに蜜蝋蝋燭は、Hiroshiの没後たまりにたまった蝋燭の中の一つであった。やさしい黄色と「蜜蝋」という言葉のもつ文字の美しさと、神秘的な響きに魅せられ、いつか小説に登場させたいと思っていた。

遥子については、漠然と若い女性ということしか決めておらず、年齢や仕事、家庭環境などは、書き進みつつ定まっていった。書く前に明確であったのは、人間の「生き死に」について書きたいということだけで、それに付随して、「愛する」ことや「幸せ観」も引き出されたが、そこには激動の数年を経て到達した現在の私の考えが色濃い。ミツロウに私の内面や考え方が投影されていることは否定しがたい。

短編でも書いて遊ぼうかと軽い気持ちで始めたこの小説、書き進むうちに長くなり、百四十枚にまでなった。そうなったのは皆さんのせい(おかげ)でもある。連載のスタートからカウンターがよく回った。(私の付けているものは、一度のアクセスでいくつも回転するものではない)「透けてゆく人」のときもそうだったが、皆さんは小説がお好きなようである。ロムさんばかりが集まる道行考であるから、反応はアクセス数でしか測れない。それが多いということは、好評であると理解したのだ。

そのような形であれ応援を感じると、俄然私はノるのである。とはいえ、「さて書くか」と原稿用紙の前に座ってから(いや、座ってもまだか?)次の筋書きが徐々に決まる。位置について、ヨーイドン! で私の右手が握る6Bは、サラサラとマス目を滑るように走るのである。読む人たちが楽しんでくださることは嬉しいが、ひとり遊びに夢中の私は書くことに没頭し、おそらく読む人の何倍も楽しんでいるのであろう。

十月に入り、うまくいけば何かに投稿しようと考えるようになった。うまくいっているかどうかの判断はつかないが、とにかく書き上げて投稿する方向へ気持ちを持っていった。それからのペースは、我ながら凄いものであった。書いてはアップ、書いてはアップをくり返した。十月末締切りの何かに投稿をと考えると、さらに書くスピードは加速した。けれども物語の終わり近くに盛り上げられるかどうか、日数が足りないのではと不安がよぎった。

あとは精神集中、物語に入り込み、登場人物になりきり、いかに燃焼できるかにかかっていた。音楽を流しつづけ、私は気分を昂め、三日間で十九話から最終の二十二話までの四話分を一気に書き上げた。そのときの私は、現実の右近庵ではなく、書くという宇宙に居たように思う。集中するあまり、ものもろくに食べず、コーヒーばかりを飲み、目は血走っていたと思う。

ラストは蝋燭が消えるように静かに終わろうとしたのだが、アップ間際に遥子をふたたび走り出させてしまった。(私は走ることが自身とても好きであったせいか)ミツロウの性別や年齢、容貌についての詳細は記述を控えた。とりわけ性別は敢えて明記しなかった。男とも女とも、あるいはどちらでもないような人物を描きたかったからだ。男だと思う人には男でよく、女だと思う人にはそれでよい。それは物語に大きく影響するものではなく、人を愛することに性別は重要なことではないとする、水無月右近の考えが現れているのである。

それにしても、書くということは、何と愉しく面白いことであろうか。書いている間、私は何度もあの商店街に行き、ミツロウと遥子を見守っていた。ガラス越しにドーナツ屋を覗いていたし、ガンジスの岸辺にも立ってみた。宇宙へも足を伸ばしてブラックホールの下見までした。居ながらにして、私は近いところへも遠いところへも、宇宙までも旅をしたのである。

物語を綴ることは、かくも私を方々へ連れてゆくのか。
愉快なり、書くということ。面白きかな物語。

2006年11月10日 

         
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