学びは愉し

今月から学生になった。みたびの学生生活を楽しんでいる。といっても通信制大学の学生であるから、これまでと何ら生活に変わるところはない。変わったといえば、読む本の種類と書いているものの内容くらいのもので、猫や花の世話に追われていることに変わりはないし、たまにはアジやキノコも干している。

米英文学科であるから、与えられたテキストは当然のことながら英語に関するものや英米文学についてのものばかりである。自分で探して取り寄せる参考文献もその類で、とにかく読んでばかりいなければならない。これが苦痛ではなく、一見むずかしそうなテキストや本もたいそう面白い。やはり興味のあることは多少むずかしい本でも楽しんで読めるものである。聞くところによると学力世界一を誇るフィンランドでは、生徒たちはひたすら読むのだという。試験が近づくと生徒たちは「読まなきゃ」(「勉強しなきゃ」ではなく)と言って黙々と読むらしい。「勉強すること=読むこと」が定着しているのである。私もひたすら読み続けなければならない。

まず取りかかった科目は Writing English と英語学概論である。学習を始めるにあたり、好きなものを先にするか後にするかで迷い、大好きな詩や文学系の勉強は後の楽しみにおいておき、語学関係から始めることにした。Writing English とは書く技術の修得を目指す科目である。単なる英作文ではなく、文章のまとまりである paragraph (段落)単位で論理的に書く訓練をする。テキストで各単元を学び、Exercise を順番にこなしていく。すべては文を書いて paragraph をつくっていく練習である。これはペンシルヴァニア大の英語プログラムでも鍛えられた。各単元にまとめてある文法は、数年前まで生徒たちに教えていたことばかりで懐しい。立場は変わって学ぶ身である。

「英語学概論」という教科は20年前にもあり、履修しないまま放っていた。その頃のテキストが面白くなく(ごめんなさいM先生)、何となく後まわしになっていて勉強しそびれたのだ。その科目は健在で、今度こそ逃げずに対決しなければならない。年月が経てばテキストは変わり、先生も変わっていた。今のテキストはとても面白い。T先生をはじめ四人の女性の先生たちの共著である。得意分野をそれぞれ担当して一冊のぶ厚い本に著しておられるのだが、どこを読んでも面白い。

この科目で与えられる課題は、「英語と日本語の文法構造または語彙構造を比較対照し、両者の違いを論ぜよ」と、「現代の標準的英語と標準的米語の構造を具体例を挙げて論ぜよ」の二つである。原稿用紙換算各8枚で提出する。8枚。うむ。たった8枚で要点をまとめて結論するのは難しい。素人ながら中長編小説を書く者にとって、星新一のようなショートショートを書けと言われるほどに難しい。ともあれ書かねばならない。テキストや参考文献を読みあさり、原稿を、いやレポートを書き始めたが的を絞らなければ書きづらい。そこでテキストや参考文献にある学術的な事柄から離れ、長い指導経験のなかで気づいたことを書くことにした。それは“be”と補語についてである。日本語にはないものや、全く異なるものに初期学習者は戸惑うことがあるが、それらのいくつかを比較対照していくことにした。一つめの設題のまだ途中である。二つめも終えて、試験勉強もしなければならない。頑張らなければ。

ところで、参考になる本をネットで探していた時のことである。設題の文がそのまま検索で上がってきた。何だこりゃと開けてみると、な、なんと資料を売っているサイトであった。その昔、通学生であった若い頃、試験になると怪しげな訳がプリントされた冊子が出回っていた。大学院生などがそれらを作成して小金を稼いでいるとのことであった。時代は変わり、シコシコ手書きのガリ版か、紫色の文字になる当時のコピーではなく、今やホームページやブログで、その名も「資料室」と立派になった。どんなことが書いてあるのかとクリックしてみると、冒頭だけ読める。しかしそれは決してAがもらえるとは思えないものである。210円とは安いけれど、これを買った者は皆、似通ったことを書いて提出するのである。先生は「またコレか」と思うに違いない。学生諸君、勉強とは自分ひとりで苦労してするものですゾ。

Writing Enlish は、私の場合は、設題の部分やテストに出そうなところだけしか勉強していなくても単位を落とすことはないであろうが、最初から1ページも1問たりとも飛ばさずに進んでひたすら書いている。生徒たちにさせてきたやり方を自分でも実践している。今は生徒だからである。やたら時間がかかり、手指も肩も痛くなるが、このやり方で進むつもりだ。余裕があるとはいえ、たまには思い出せそうで思い出せない単語もある。知らなかった熟語だってまれにある。そんな時はすぐ辞書を引いて意味を知り、新しいことを覚えた喜びに満たされる。語学にはマメさが肝心、辞書には相棒になってもらい、コツコツと学ぶ学問である。There is no Royal road in learning. 「学問に王道なし」である。

佛教大学の通信生に復帰するきっかけは、仏教を学びたいというものであった。最初はスクーリングがメディア学習で代替できる武蔵野大を選んでいたが、事務的なことで佛教大に連絡を取る用件があり、修得単位数等について知ることとなった。届けも出さずに離籍したことが、この20年、ずっと心の隅にあった。それに、あと29単位というのなら、まずこちらからと考えた。それは正しい判断であった。なぜならば、2001年に完全に仕事を終了し、趣味での読み書きに明け暮れていたのだが、みたび学ぶ身になって英語に接してみれば、ほんとうに私は英語が好きだと再確認できたからである。ちょうど不幸な出来事が始まった2002年頃から英語に対する興味も無くなっていたのだが、久しぶりに旧友に出会ったように心が弾み、旧交を温めている気がするのである。

私はモノ持ちがいいことで知られているが、佛教大学の20年前の教材や提出レポートや、何もかもを全部とってある。数々のテキストに返却レポートは、仕事で使った教材や自分で作った問題などと同様に処分しがたく、いまだヒモをかけたままおいてある。引越しのたびに目にしてきたと長女は笑う。少し大げさではあるが、それらは私の血と汗の結晶とも言えるものである。このたび復学するにあたり返却レポートを束ねてあるヒモを解いてみた。20年前、いったい何を書いていたのであろうか。一つずつ手に取り、二ツ折りのレポートを開いてみる。全部で19あり、そのうち半数以上が「A」である。(4段階評価でDは不合格)頑張っていたんだなと頬がゆるむ。

あの頃、どんなことにも頑張っていた。長女は小学生、次女は幼児であった。少数ではあったが小中学生に英語を教え、家事に育児に、世間とのお付き合いに勉強にと、すべてに全力投球をしていた。学習時間は次女を保育園に送っていったあとから昼までと決め、集中して学んだ。あの頃は買いたい本が何でも買えるわけではないので、近くの図書館からたくさん本を借りてきて読んだ。今のようにパソコンもなかったから、愛用の万年筆に黒のスペアインクを入れてセッセとレポートを書いた。昼になると勉強を止め、猛スピードで家事をこなし、晩御飯の支度が出来ると仕事の準備をし、それが済むと次女を迎えに保育園へ行く。帰ってくるとじきに生徒たちがやってきて仕事が始まる。仕事が終わると台所の片付けをし、皆が寝静まるとふたたび深夜に勉強することもよくあった。元気だったな。懐しい日々が甦る。

学生復帰を決めたのは昨年末のことである。四月末にテキストが届き、さあ勉強開始と思った矢先の今月初め、私の母が他界した。長患いの末であり、それなりの年令で心の準備は出来ていたとはいえ、親が居なくなってしまうのは悲しくて寂しいことである。兄から訃報が届いた時、私の体調は下り坂であった。翌日の通夜には出席したが、その疲れも出て葬儀には出席できなかった。家の仏壇の前で母を送ったのである。子どもとして様々な悔いはあれど、感謝の気持ちで一杯である。トークにも書いたが、母はいつも私を誉めた。無条件で誉めたのだ。その母に報いるためにはただ悲しんでいるよりも、動き出すことだと考えた。私は翌日から勉強を始めた。母が私を誇ってくれた。そのことに報いるために私は気持ちを切り換えた。

このたびの復学は、私を小学生にし、この20年が夢まぼろしであるかのように消し去って、30代にも連れ戻した。すべてのことと懸命に向き合っていた輝いている私を思い出させてくれた。知識欲いまだ涸れず。愉しき哉、学びの日々。母は微笑み、きっと私を見守っている。

2008年5月25日 

         
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