「夏の葬列」という小品

山川方夫(やまかわまさお)という作家が居たことを私は知らなかった。

去年の秋であったか冬であったか、大型古書店でタイトルにひかれて買った文庫本が「夏の葬列」である。私は昨夏、Hiroshiの密葬をしたばかりであったため、思わず手が伸びたのだろう。まずはわずか10ページの、この作品を紹介しよう。

東京に住むサラリーマンである主人公は、出張がえりにふらりと海岸沿いの小さな町の駅に下りる。そこは彼が小学生の頃に疎開児童として三ヶ月ばかり住んだ場所であった。すっかり変わってしまった町並みではあったが、彼は当時の自分を急になまなましく思い出す。

夏の真昼、見憶えのある一本の松の木が立つ小さな丘の裾を歩きかけて立ちどまる。真昼の光を浴びて青々とした芋畑のむこうに、喪服を着た人びとの小さな葬列を見る。それを見るや彼は十数年の歳月を超えて「あのとき」に引き戻される。

その町の小学校へは、東京からきた子どもは彼とヒロ子さんの二人であった。ヒロ子さんは二年上級の五年生で、弱虫の彼をいつもかばってくれるのだった。その日も二人で遊んでの帰り、葬列に出会う。東京とは違ったふうの葬列に二人は興味をもち、饅頭をくれるというので行ってみようと駆けだす。

そのとき爆音が聞こえる。空襲である。二機の艦載機が、すさまじい音をたてている。狙われるから走ってはいけないという大人の声はヒロ子さんの耳に入らず、彼のそばへ走り寄って防空壕へ逃げようという。彼は「むこうへ行け」と嫌がる。ヒロ子さんは真っ白な服を着ていたからである。白い服は絶好の標的であった。彼女がそばに居ると自分も銃撃されて死んでしまうと思った彼は、ヒロ子さんを突きとばす。同時に強烈な衝撃を感じ、轟音とともに芋の葉が空に舞いあがる。白い服を血に染めたヒロ子さんは病院へ運ばれるが命を落とす。

彼は目にしている葬列が、あの日の光景に酷似していると感じる。助けようと近づいた少女を銃撃の真下に突きとばし、死なせてしまったという苦い思い出。殺人をおかしてしまったという夏の記憶に、彼は自分には夏以外の季節がなかったような気がしている。そして大人になった自分が今また目にしている葬列は、奇しくも彼女の年老いた母を葬うものであったのだ。悲しみのあまり母はそのあと発狂し、年老いた末に自殺をしてしまったのであった。

古い傷にふれたくない一心で彼はその町を避けつづけておきながら、十数年ぶりに訪れてヒロ子の母の葬列に出会う。偶然の皮肉を痛感しながら彼は駅に向かう。風、芋の葉、青空、太陽、海の音。彼はふと、未来の別な夏にも今と同じ風景をながめ、同じ音を聞き、自分の中の夏の瞬間を、一つの痛みとして甦らすのだろうと思うのである。

山川方夫は、昭和三十年前後に「三田文学」の黄金時代を築いた若き編集長として知られているという。彼の手により江藤淳、坂上弘、曾野綾子、浅利慶太、村松剛といった若い批評家や作家たちが文学界にデビューした。若干24歳の彼は、わずか二年間で編集者として辣腕(らつわん)ぶりを発揮する。特に江藤淳を見出し、「夏目漱石論」を書かせたことは評価されている。

山川方夫の父は日本画家であり、母は京都の染物問屋の娘で画家志望であったらしい。姉二人と妹二人の姉妹の中で、彼は長男であり一人息子であった。この家族構成は彼の文学に大きな影響を与える。幼少時の山川家は、書生や女中を抱え、祖父母も入れると十七人もの大家族であった。慶応幼稚舎に入学後、大学院までを一貫して慶応の中で教育を受ける。その経歴から、彼が裕福な家庭の子弟で恵まれた青年時代をすごしたことがうかがえる。しかし十四歳の時、父が死去して彼の人生は暗転する。

父の突然の死によって「原罪」を背負ったと考えた山川方夫は、小説家になろうと決意する。解説の山崎行太郎氏によると、父があまりに早く死んだ場合、少年は父の死に対して罪悪感を持つとフロイトがいっているとある。それはライバルである父を殺したいという無意識の願望が少年の心にあり、そんな時に父が死ぬと、あたかも自分が殺してしまったような錯覚にとらわれ、深い罪悪感を持つのだと説明し、山川の文学は「罪悪感」の文学だと山崎氏は断定する。

山川方夫はいくつかの小説を経て、ショート・ショートといわれる短編小説で成功する。昭和34年、29歳の時、流行しつつあったショート・ショートの形式で「十三年」を書く。彼の作品には巧妙な仕掛けがあり、どんでん返しがある。今でこそSFやブラック・ジョークのショート・ショートは定着し、どんでん返しは当然の条件とされるが、当時としては斬新なものであったと思われる。彼の作品を読めば、短くとも世にいう純文学作品と何ら変わるところがないことが判る。彼の才能はショート・ショートで花ひらいたのである。

しかしながら山川方夫という作家は不運であった。昭和40年(1965)年、35歳の若さで非業の死を遂げる。横断歩道を通行中に、突っ込んできた小型トラックにはねられて死亡するのだ。前年に結婚し、新居を構えて第二の人生をスタートしたばかりであった。この文庫本の巻末にある年譜を読んでそのことを知り、衝撃を受けた。

「夏の葬列」は原稿用紙わずか十数枚の作品である。言葉に無駄がなく、その少い言葉が行間から多くのものを読み手に伝えてくる秀作である。この短かさで情感あふれる作品に仕上げ、夏日の光が一瞬かげるような人間の心のかげりを、鮮やかに描くことができる稀有な作家の夭折は、誠に残念である。

人の死に対し、私は以前よりも敏感になっている。そのことは諦めや絶望ではなく、だからこそ悔いのない生き方をしなければと叱咤するものでなければならない。素人ながら、少しでも良いものを書きたい。その思いが募る日々、夏も盛りである。

2005年7月15日 

         
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