「桜の森の満開の下」(その1)

春になると、かならず読む小説がある。坂口安吾の「桜の森の満開の下」である。これは安吾の代表作だが、たびたび舞台で演じられたり映画化され、この小説を知っている人も多いことであろう。今年も本棚から取り出して読んでみた。 冒頭から読み手に身を乗り出させる文章が続く。以下、引用と叙述には名文をふんだんに盛り込んで、あらすじを書いてみよう。

「桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子を食べて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。 ― 略 ― 大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした。 ― 略 ― 桜の林の花の下に(人間の)姿がなければ怖しいばかりです。」

昔、鈴鹿峠に桜の森があった。花の季節に旅人たちは、みな森の花の下で気が変になった。やがて桜の森は人の子一人通らない山の静寂へとり残される。その何年かあと、山に一人の山賊が住みはじめる。情容赦なく着物をはぎ人の命も断つ男であったが、こんな男でも桜の森の花の下へくると怖しくなって気が変になった。花というものは怖しいものだ、厭なものだと男は考える。
「花の下では風がないのにゴウゴウ風が鳴っているような気がしました。そのくせ風がちっともなく、一つも物音がありません。自分の姿と足音ばかりで、それがひっそり冷めたいそして動かない風の中につつまれていました。花びらがぼそぼそ散るように魂が散っていのちがだんだん衰えて行くように思われます。それで目をつぶって何か叫んで逃げたくなりますが、目をつぶると桜の木にぶつかるので目をつぶるわけにも行きませんから、一そう気違いになるのでした。」

気が狂いそうになる理由を、また来年に考えようと思って十何年もの月日が流れる。そんなことを考えているうち、一人だった女房が七人にもなり、男は八人目の女房を街道からさらってくる。女の亭主は殺し、着物をはいで持ち帰ってきた。だが山賊は、いつもと勝手が違うと気づく。どこということは分らぬけれども、変てこであった。だが格別深く心にとめることはなかった。山賊は男を殺す気はなかった。いつものように失せろと蹴とばすつもりであったが、女が美しすぎたので、ふと、男を斬りすてていた。

女は腰をぬかしてぼんやりしている。今日から俺の女房だと言うと女はうなずき、「歩けないから負ぶっておくれ」と言う。険しい登り坂へきて、危いから歩いてくれと言っても、女はしがみついて厭々、厭ヨ、と言って降りない。「お前のような山男が苦しがるほどの坂道をどうして私が歩けるものか」と言われ、「そうか、そうか、よしよし」と男は疲れて苦しくても好機嫌で答える。この美しい女房を相手に未来のたのしみを考えて、とろけるような幸福を感じていたのだ。

わが家の前へ辿りついたとき、山賊は身体が節々からバラバラに分かれてしまったように疲れていた。七人の女房が迎えに出てきて、今迄に見かけたこともない女の美しさに打たれるが、女は七人の女房の汚さに驚く。昔は綺麗な女もいたのだが、今は見る影もなかったのだ。女は男の背へしりぞき、「この山女は何なのよ」と言う。それから女は、いちばん顔形のととのった一人を指して叫ぶ。「あの女を斬り殺しておくれ」。

男は呻くが、私の亭主を殺したくせにと言われ、指示されるまま指された女の頸へザクリとダンビラを斬り込む。首がまだコロコロととまらぬうちに、女は次の女を指していた。男は血刀をふりあげて山の林を駈け狂う。いちばん醜くて、ビッコの女が腰をぬかして逃げおくれるが、女中に使うからと女は言う。男は血刀を投げすてて尻もちをつく。ふと静寂に気がつき、とびたつような怖しさがこみあげ、ぎょっとして振向くと、やる瀬ない風情で女がたたずんでいた。

「男は悪夢からさめたような気がしました。そして、目も魂も自然に女の美しさに吸いよせられて動かなくなってしまいました。けれども男は不安でした。どういう不安だか、なぜ、不安だか、何が、不安だか、彼には分らぬのです。女が美しすぎて、彼の魂がそれに吸いよせられていたので、胸の不安の波立ちをさして気にせずいられただけです。
 なんだか似ているようだな、と彼は思いました。 ― 略 ―
 桜の森の満開の下です。あの下を通る時に似ていました。どこが、何が、どんな風に似ているのだか分かりません。けれども、何か、似ていることは、たしかでした。」

山の長い冬が終わり、雪は残っていたが、花の季節が訪れようとしていた。今年、桜の花が咲いたら、と、彼は考える。
「花の下へ歩いていくと、だんだん歩くうちに気が変になり、前も後も右も左も、どっちを見ても上にかぶさる花ばかり、森のまんなかに近づくと怖しさに盲滅法たまらなくなるのでした。そのとき、この女もつれて行こうか、彼はふと考えて、女の顔をチラと見ると、胸さわぎがして慌てて目をそらしました。」

女は大変なわがまま者であった。どんな御馳走にも必ず不満を言った。男は狩りをして山を走り、女中は木の芽や草の根をさがしてひねもす林をさまよった。しかし女は満足を示したことがない。それどころか、こんなものは喉を通らず、夜には梟の声しか聞こえない、と不平を言った。都のおいしい物や、都の風を恋しがり、思いを募らせるばかりであった。けれども男は都の風がどんなものか知らず、見当もつかない。ただ女の怨じる切なさに当惑するのだった。

男は今迄、都からの旅人を何人も殺した。都からの旅人は、金持ちで所持品も豪華であった。女は櫛(くし)だの笄(こうがい)だの簪(かんざし)だの紅だのを大事にした。彼が着物にかすかに手をふれただけでも女は叱った。着物がいのちであるように、それをまもることが自分のつとめであるように、身の回りを清潔にさせ、家の手入れを命じた。また、男は女の命じるものを作った。それは胡床(こしょう=椅子)と肱掛だった。天気のよい日、日向に、木陰に、腰かけて女は目をつぶる。部屋では肘掛けにもたれて物思いにふける。その姿は異様で、なまめかしく、なやましい。

男には都を怖れる心が生れていた。恐怖ではなく、それは知らないことに対する羞恥と不安であった。女が「都」と言うたび怯え戦いた。彼は都に対して敵意をもつ。何百何千の都からの旅人を襲い、手に立つ者がなかったと満足し、ついに男は女の願いに折れて都へ行くことを決心する。都では、女の欲しがる物を三日三晩で積みあげてみせると男は考えたが、一つだけ気がかりなことがあった。それは桜の森だった。今年こそ、桜の森の花ざかりのまんなかで、身動きせずジッと坐っていてみせる。彼はそう決意していたのだ。森の満開は二、三日後に迫っていた。

                            (つづく)

(注)ダンビラ…刀の幅の広いこと。また単に刀。

2007年4月2日 

         
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