「天罰」休筆の弁

「天罰」を書き進めることができなくなってしまった。百枚に達しながら、このようなことになるというのは“想定外”のことであった。

連載を始めて順調に鉛筆は運び、掲載をした四十五枚くらいまでは自分でもよく書けていると思う。そのあともスムーズに書けていたが、これでもかというくらいの孝の悪事を書き綴るにつれ私の精神は疲労し、それらを書き尽くした九十枚あたりから先が書けなくなってしまったのだった。しかし完成させたいという思いは強く、書こうと努めて原稿用紙の前にすわり、駄文でよいから一語でも前へ進もうと、だらだらと書き続けてはみた。けれども、読み返しては溜息をつき、精彩のない文に嫌気がさした。

この小説の plot(構成)としては、主人公の訴えが延々と続き、その中で夫婦に何が起こったかを読者に理解させ、物語の終わり近くでは大きく流れが変わる予定であった。これだけのことがあっても、この男を愛していたと幸せな日々を回想し、予告したように「天罰」という題の意味が明される筈であった。だが思惑通りにはいかなかった。書けないのである。乗らないのである。熱い愛情を書き表わすことができないのである。それでも何とか書き進もうと集中しようとしたが、やはり心が入らないのであった。心を入れずして人の心を動かすものが書ける筈はないのだ。

それからの毎日は、目が覚めると鬱病の時のように憂うつであった。今日も原稿用紙に向かわなければならないと思うと苦痛であった。「透けてゆく人」を書いていた時は、目覚めるやいなや、つい数時間前の、眠る直前まで書いていた原稿を広げ、トーストをかじりながら読み返していたことを思うと、作品に対する熱さは雲泥の差であった。あの時は四六時中、ストーリー展開を考え、何をしていても小説が頭から離れることはなく、早く用事を済ませて鉛筆を握りたいと常に思っていた。この違いは、いったい何であろうか。

しかし私は書こうとした。けれども自身に発破を掛けるも火がつかない。そして困ったことに、とうとう身体の方が拒絶を始めてしまったのだ。気がつけば、私の鬱症状のひとつであるL字型徘徊をしていた。意味もなく、LDKのL字型をグルグルと歩き続けているのだ。次に食欲がなくなった。コーヒー、紅茶は何杯でも欲しいけれど、空腹感がまったくない。何も食べたいと思わない。起きてすぐのピーナッツペースト付きトーストも欲しくなく、大好きな甘い物も何もいらない。そればかりか一日中、神経性の腹痛があり、胃や腸がひどく痛んで苦しんだ。書いている時が一番しあわせだと感じる私にとって、こんなことは初めての経験であった。

食欲不振、神経性の腹痛は体重を減少させ、イライラは肌の色を悪くし、白髪を急激にふやした。さらに吐き気や不眠も加わって、ついに私の体調は最悪になってしまった。もう駄目だ。これ以上粘ってみても書けそうにない。身体までこわしてしまう。そう判断して書くことをあきらめた。決めた瞬間に、嘘のように気が楽になり、腹痛も吐き気も治まって食欲を感じた。その夜は鍋をし、久しぶりに酒を呑んだ。あぁ、これで楽になった。その日から私はぐっすり眠れるようになったのだった。

かくして私は「天罰」を休止した。その後しばらく原稿が目に入ってさえ厭であった。“トーク”で話したように、処分してしまえばもっと楽になるであろうと休止ではなく中止しようかとも考えた。けれども一時は寒さも忘れて没頭した原稿を処分するには忍びなかった。いずれまた、気を取り直して書き進むことは充分にありうることだと、一ヶ月半の苦闘の痕跡を残すためにも取っておくことにした。書いた原稿は皆、愛猫たち同様に、それはそれで可愛いものなのである。

ところで、なぜ私は書けなくなってしまったのか。その理由は把握しておかなければならない。反省のないところに進歩はない。その考察を始めると、いくつかのことがわかったのであった。

1、期限があることの息苦しさ

時間に縛られない生活に慣れてしまうと、時間に追われることがいかに苦痛であるかがわかった。とくに創作を時間内にせよというのはシンドイことである。納得ゆくまで練り直すには、たっぷりの時間が必要である。前作は半年をかけて書き、さらに二ヶ月ほど熟生をさせた。二ヶ月で書いて出してやろうなどという大それた考えが、そもそもの間違いであったのだ。

2、賞に応募するということ

なぜ突然に私はそんなことを考えたのだろう。たぶん自分の力が通用するかどうかが知りたいと思ったからであろう。先般、本を上梓したことに気をよくし、ならばという俗世間的な願望を抱いてしまったのかもしれない。それは、無名の者が書いた本を広めることの困難さを痛感していることと無関係ではない。もともと楽しみのために書いてゆければと考えていた私が、そのような脂ぎった欲望をわずかたりとも持ったことは間違いであったのだろう。

3、「天罰」は時期尚早であったのか

ご承知のように、この小説は多分に私小説的な内容である。そのために過去を振り返ることを余儀なくされ、それは怪我の傷あとの瘡蓋(かさぶた)を引きはがすような作業であった。登場人物のモデルとなった一人が生きていた頃、「冷たい夏」という題で同種の小説を書きかけて、私は一度挫折している。苦しくて書けなくなったのである。あれから二年が経ち、その人物も故人となった。もう書けるという自信があったつもりが甘かったようである。まだ私は簡単に潰れやすい状態にあったのだ。

しかしながら、成果もあった。それは心の整理ができたことである。彼の死後一年間、私は罪悪感に苛まれた。死という厳然たる事実の前に、私の悲しみと悔いしか見えなかった。彼の犯したことすべてを差し引いても、私がいけなかったと苦しみつづけた。しかし、そうではないとわかった。書き進むうち、十年前に私たちは終わっていたことを確認することができたのだ。女性や借金の真実をその時に知っていたら、確実に私は別れを選んでいたであろう。私は収入もあり発病もしていなかった。彼との生活に終止符を打ち、その時点で終わっていた筈である。知らずに十年が経ってしまい、偽りの上に載せた暮しは無残にも崩壊した。それでもなお、彼は最後まで虚偽の暮しをやめなかった。多額の借金を返済したあと、改心すると誓いながら、浪費をやめず性懲りもなく借金を繰り返していた。死後にわかったことである。彼は演じ続けた表向きの人間からは想像できない、どうしようもない破滅型人間であった。

私の人生は何であったか。彼の人生は何であったか。空白の十年、あるいはもっとあるのかもしれないが、それを跳び超えて彼を愛しいと思うことがあるとすれば、それはまだ何年も先のことであろう。私が仏のような慈愛ですべてを赦し、愛しいと思う日も来るのかどうか現時点では不明である。だが、彼との事がどのように結論づけられようと、この小説はいつの日か完成させたいと思っている。私が完全に「書く人」に徹することができたとき、それは可能になる。その日が来るまで静かに眠らせ、熟生させておくつもりである。

2005年12月24日 

         
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